脳脊髄液減少症 の検索結果:
昨年10月、肩の手術で入院中に子宮がんを治療中の女性と知り合いになった。 彼女は彩雲をよく見るらしい。 彩雲は幸運の象徴だそうで、彼女のにこやかな顔相を見るに、「やはり彩雲によく出会う人というのはこういう穏やかで円満な心持の方なのだろうな」と妙に納得したものだ。 かくいう私は生まれてから一度も彩雲を見つけたことがない。 まだまだ尖っている自分だと、もっともっと心の修行をしないと一生見ることがないのかもしれないな、とも思う。 神戸時代に二重虹(ダブルレインボウ)には遭遇したけれ…
2日前の火曜日、何とか父(88)を退院させ、後は幾ばくかの余命を自宅で安心して送ってもらおうと思っていた。 火曜、水曜、木曜と、妹と2人とあとは親戚やヘルパーさん、訪問看護師さんにもサポートをお願いして24時間寝たきりの父を見守ってきた。 毎日実に多くの人が出入りしてその対応だけで一日が終わる日もある。在宅医療とはこれだけ潤沢に安価で人の資源を利用させて貰えるとは、毎日が驚きの連続だ。 父はもう声を出す力がなく起きている時間も短くなり、勿論のことながら身体を自分で動かすことも…
3月13日に入院した時は、まさかひと月ほどの入院でこんなに病状が急変するとは思いもしなかった。 要支援1から要介護4~5 嚥下機能が低下し飲食は氷のみ。発話も困難になり、呼吸も苦しく酸素吸入が必須、何よりも大変なのは自分の体躯を動かせず、体位を変えるのは素人介護者には至難の業であること。眠る時間も日一日と長くなる。 これがターボ癌の恐ろしさだ。 入院からホスピスまで 2月3日の初診からそれまでは家で過ごした。ステージⅣでありながら何の症状もなかったが、第三頸椎への骨転移の痛み…
(続きです) 医者は誰も口にしない おじいちゃん(父)の今回の癌もまさにこの「ターボ癌」に違いないと思った。 しかし今までの所、医師にそれを仄めかしても見事にスルーされてしまう。 それも関わった医師全員である‼ 一人目の医師(告知をした医師)は、本人の前であそこまであからさまに言わなくても…と思うほどの不注意さと冷酷さでの突然告知だったが、この人は勿論「ワクチンが原因」などとは匂わせもしない。 一般病棟に入院後担当医となったの若い男性の医師や、緩和ケア病棟(ホスピス)の若い女…
ターボ癌 本来は、進行が遅いはずの老人の癌なのに「発見から亡くなるまで数か月」という現象は海外の医師により「TURBO CANCER」と名付けられ、コロナワクチン接種当初から警鐘をならす医師や研究者は多く存在した。 しかし、それがネットやメディアの表側に登場して人々の目に触れることはほとんどなかった。 何でも、「ターボ癌」という言葉は少し前までGoogleの検索には上がりにくくなっていたらしい。 しかし、現在では以下のような書き込みはネットを探せばあちこちで見られるようになっ…
不意をつかれた告知 今年になって娘が受験と学校の課題に追いまくられていた2月の初め、珍しく平日に父から1本の電話が入った。何でも、持病の心臓大動脈瘤の経過観察のため毎年撮っていた胸部CTを今年は京都K病院で撮ったところ、医師にこう言われたというのだ。 「肺に何か影が映っていますよ。肺気腫のようだな。心臓よりこっちの方が大変かもしれないな。明日にでもご家族と呼吸器科を受診してください」 肺気腫は喫煙経験のある人に多い肺の病気で、重症化すると呼吸が苦しくなり酸素ボンベが手放せなく…
昨晩、父(おじいちゃん)の夢を見た。 いつものように実家の台所ででせわしなく立ち回っている父の後姿を目で追う。 そして、目覚めた瞬間「あぁ、これは夢だったのか…」と暗澹たる気持ちに襲われた。 おじいちゃんと孫娘 実家で一人暮らしをしている88歳の父は、足が少し弱くなっている以外は完全に現役の人であった。元来、並外れて身体が丈夫なのだ。 毎朝買い物に行き、戻ると休む間もなく台所に立ち、母の仏壇に幾品もの手作りおかずを供える。母への花も欠かさず、はるばる亀岡まで車を運転して買いに…
前回は長い前置きをしましたが、つまりは、とうに諦め記憶の底に故意に沈めていた英語スピーチの機会が、最後の最後のこの日に巡ってきたのです‼ 卒業式でのスピーチ この尊い時間は、あの冬の日から5年間を必死で生きてきた娘への天からの贈り物。 これまでの努力と涙が結晶し、そして運にも恵まれて、それまでは貧乏くじばかりひいていたような5年間がグレンと幸せな時間へと覆った瞬間だ。 3分半という短い時間の中に、3年間の喜怒哀楽その他諸々の感情の一瞬一瞬がぎゅっと収斂された。 娘は自分の発す…
英語スピーチをする機会はもう一生、娘には訪れることはないと思っていた。 スポンサーリンク 娘は本来、中学で沢山の英語スピーチコンテストに出て、そこで自分を成長させる沢山の素敵な思い出を作り、その英語力を買われて神戸市の中学生使節団の一員として、姉妹都市のオーストラリアのブリスベンに派遣され初めての現地の英語に触れるという貴重な体験をしていた・・・はずっだった。 そして、高校は神戸のそこそこ難関の公立高校に通い、受験の終わった今頃は、「トビ立てジャパン」の2023年度留学生派遣…
2020年3月17日、娘の中学校の卒業式(支援学校)は思い出のどこを切り取っても感動的でした… www.tomaclara.com あれから3年経ち、2023年3月18日、お陰様で娘は高校生最終日の卒業式に無事臨むことができました。 2度のブラッドパッチと治療を続けながらの登校。学校のすぐ傍にアパートを借り、それでも度々の体調悪化で遅刻、早退、欠席を数えきれないほどしながらも、先生方のご配慮のお陰でなんとかこの日に辿り着きました。 制服がない高校です。 最後の晴れの日のために…
…のためにできなかった脳脊髄液減少症の治療をガンガン進めていこうと思っています。既にブラッドパッチの予約を取りました。 高校3年の後半は体調急降下でグダグダになりながらも青色吐息で何とかゴールにたどり着くという有様。その間の体調の変化などをブログに記録しておきたかったのですが、それ(体調不良)が原因で娘が受験に不利になることを恐れて何も書けませんでした。 かつて、実際にそういうことがあった事をネットで読んだことがあるので、この点はとても用心していたのです。 スポンサーリンク 振…
卒業後、心置きなく友達と遊び倒してダウンしていた娘がぼちぼち回復。 近隣の神社に合格祈願のお礼参りにでかける気になった今日は、現居住地の氏神様である大原野神社に出向いてみる。 昨年フィーバーした「3日間しか開花した綺麗な姿をとどめない」といわれる千眼桜🌸が満開のタイミングだとわかり、この一本の桜とのご縁が繋がっていると感じる。 他種の桜のような繊細さには欠けるところはあるが、このボリューム感に逞しい生命力をいただく 鹿さんのBIG EMMA と記念撮影をしてから 次は、菜の花…
京都に戻ったのが3年前の5月。 京都洛西のほのぼのとした緑が萌え始めの季節だった。 京都は東西北が山に囲まれ、西山から東山まで車で30分ほどで着いてしまう狭い盆地だけれど、東西南北、それぞれの暮らしの色は全く異なる。 有名な観光地や神社仏閣は北や東に多くその文化水準の高さもあって、西山の麓育ちの私にとっては少々敷居が高く感じたりもする。 京都をろくに味わう事もなく、長年海外を転々とし、それから大阪、神戸に居を移し、久々に帰ってきた地元西山付近の四季の移ろいは、思いのほか私を優…
…ポンサーリンク ある脳脊髄液減少症患者さんとピアノ 知り合いの脳脊髄液減少症で10年間寝たきりだった患者さんが、福山のM先生のブラッドパッチで少し改善されたというので感激のあまり、「ピアノでもされてみたらどうですか?」とふとお電話で提案したのです。 そうしたら、(ご本人いわく)音楽の基礎は完全にゼロの楽譜も読めない状態だったのにネットで猛勉強され、ピアノ教室にも通われてみるみるうちにブルグミュラーの有名な小曲をいくつも弾かれるようになったのです。(あの上達ぶりはもともと音楽向…
ご無沙汰しております。 去る10月中旬に変形性肩関節症で動かなくなった右肩の手術入院をしました。 また元気になってから詳しく書きますが、予想外の事態も発生して結構大変でした・・・ 3週間に延びた入院生活が終わる頃には季節も変わり紅葉が美しい京都市内の街中をしみじみと眺めながら帰宅しました。 まだ右腕は復活せず、左手中心の生活となっています。 左手でお箸も上手に使えるようになりましたが、肝心の右腕は、「一体何のために手術したんだ???」と言う状態で、パソコン打つのも一苦労です。…
先日佐賀の患者さん家族から速報が入りました。 2016年の学校体育時(運動会の総練習中)の転倒により脳脊髄液漏出症を発症した娘と同世代の女の子「Aさん」です。 ※初めの診断時に髄液漏れが確認できたため「減少症」でなく「漏出症」と記します この度、事故の原因究明に当たって第三者による事故調査委員会が設置されることになり、「佐賀新聞から記事が出ました」と知らせて頂きました。 事故調査委員会と言えば、学校でいじめ被害を受けた時に設置されるものと思い込んでいたため、脳脊髄液漏出症でも…
前回の魔鬼の写真は、笑いを取るものであった感もありますが、今回はガチの心霊写真を取り上げます。 (※ブログ筆者の思い込みや妄想の可能性あり) KK母子の画像に浮かぶ男性の霊? 前回もお話したように、少し前から「心霊写真の見方」を指南されているアメブロの人気霊媒師ブロガーさんにはまっていたのです。 その方の記事の中にはよくKK母と息子、その嫁の馬子さんの画像が登場するのですが、この方たち沢山霊を憑けているようで普段は全く視えない私でも、記事の解説を追って行けば「あ~、見えたわ!…
通常、私の肩の話などしても面白くないのは承知の上ですが、口頭の説明では身内、家族にすら今の状況を理解してもらうのは不可能なので、ブログを見て察してくれることを期待しつつ書いている部分もありますので、お付き合い願えれば幸いです。 まずは、前回出し忘れた画像があったので(しつこいようですが)一枚をご紹介いたします。 右腕と左腕の同じ縮尺のレントゲン写真です。 私は右利きであり、子供のころから活発な少女であったため、鉄棒、木登り、崖上り、野球にソフトボール、バトミントン、🏓と、主に…
何回か連載をしてきましたが、当方の老朽化して壊れた右肩の経過ですが… このところ、普通にしていても少し肩を動かしたくらいで激痛が走る為、動作は更に緩慢、歩く時も右手が揺れないようはに片手だけペンギンのような体勢で移動をしています。 夜間の痛みは更にひどくなり、熟睡は不可能。1時間に一回くらいは痛みのために目を醒ますを繰り返しているため、身体が目に見えて弱ってきているのを自覚するとともに、見た目の劣化(やつれ方)もひどいものであります。 でも、人間の適応力といいますか、この劣悪…
このブログをずっと見続けて下さっている方は覚えておいででしょうか? 娘が高校に入ってからしばらくは、体調が悪くて朝も食べられず昼もコンビニ🍙を一個がやっとという状態で、お弁当を作ろうにも作れない状態でした。(コンビニおにぎりの方が海苔もパリっとしていて食べやすかったようです) しかし、それから2年が経過し、秋の気配が漂う今日この頃の娘のお昼はこんな感じになっているのです!! スポンサーリンク 最近のお弁当レパートリー 鶏もも肉塩焼き、野菜とソーセージのスープ煮、鮭ごはん 豚生…
…も、あの入学の時点で脳脊髄液減少症が完治しているという状況であったならば・・・ 一年学年を落としての再出発を真剣に検討すべきであって、そのほうが悔いのない大学受験が迎えられたことと考えます。 ここまでくれば中途半端な準備で受験をするしかないですが、現状でご縁のあるところが娘にとっての一番の学校といういつもの楽観思考は常に頭の中に置いています。 それにしても、そんなあまりにも不可能なことをこの3年間続けてきたのだと思うと、娘、体調の事も周りにあまり理解されていない中、よく頑張っ…
…。 この記事からは、脳脊髄液減少症を連想させる文字がひとつも見いだせないことから、最初は、子供のころにバレエをされてきたために腰が悪くなられたのかな?くらいに考えていたのです。 「急性腰痛症及び仙腸関節障害による運動機能障害」←知らない症状です。 そうしたら翌日、その知人から再度速報が送られてきました。 米倉さん本人がインスタで、この症状の大元が(低髄液=脳脊髄液減少症)だと告白されていました‼ そうしたら、その後のネットニュースにはやっと脳脊髄液減少症と言う文字がちらほらと…
まずは、またまた私事で恐縮ですが・・・ 夜は依然として寝づらい日が続きます。寝る前やうっかり動いてしまい痛みで起きてしまう度に、痛くない姿勢と角度を探して再度眠りにつくという面倒な事を繰り返しつつ2時間ごとくらいに目が覚めてしまいます。 そして最近気づいたのは、寝返りや肩の位置を変えることで生ずる激痛を身体が覚えてしまっているようで、意識と無意識の狭間の状態で「微動だにせず」眠る習慣がついてしまっています。 痛い姿勢になるのを避ける(痛くない角度を探すのが大変)ために熟睡はせ…
間もない秋の訪れを感じる瞬間が時々ありますが、京都の今日は爽やかな残暑といったところでした。 最近、肩の変形部分が更に悪化をしたようで、ここのところまともに眠れておりません。立っている姿勢で手を肩を動かさない限りは痛みは感じないのですが、一旦横になると、まず、左を下にして横になるのは激痛で不可能、右を下にしても同じ激痛。 身体を床に対して水平にしても腕の部分と肩との角度を絶妙なバランスにしないと途端に激痛。 骨と骨がぶつかるのか、下の図で印をつけた骨棘が神経に当たるのか、はた…
…らは、3年ほど前娘の脳脊髄液減少症の症状がすごく悪い時期に励ましのメッセージを頂いたのです。 それから、私も星野さんの事は何度か記事にして読者の皆さんと星野さんの音楽活動を共有することで、その生き方や思想に対して感動を共にしてきたという経過があります。 昨日、知り合いの患者さんママから教えて頂いたのですが、9月18日のヤフーニュースに星野希望(のぞみ)さんのことが取り上げられていました。 news.yahoo.co.jp その中で引用されていた星野さんのエッセイが大変心を打つ…
このところ世の中が凄いスピードで動いている気配がプンプンですが、敢えて外には目を向けずに身の回りの家族の事に集中している今日この頃です。 さて、前回娘が受験で一段落ついたような事を書いたのですが、かといって確実にどこに合格するとかいう保証はまだありません。 というか、まだどこを受けるかも真剣に考えたことがないという杜撰さ… 海外の受験や、同様の方法で行われる国内の帰国生のための試験は、試験の点数だけで決まるのではなく、活動歴や受賞歴など「総合的判断」で合否が決められます。 こ…
前回まで書いてきました私の肩(変形性肩関節症)は絶望的に悪化を辿る一方ですが、娘の方は対照的に良い感じの空気が流れています。 今の娘の意識、それが表に現れたものであっても潜在的なものであっても、おそらく、 「計画完了」 という言葉で表象されるのではないかと考えます。 以前の記事で、昨年度末に学長先生との3者面談の際に、SATとTOEFLibt受験の目標(最低ライン)となる数字を掲げられ、私と娘はげっそりして帰路に着いたのです。 その時の記事を含む一連の学校の記事は、今は受験の…
このところ、自身の右肩の変形性肩関節症が悪化したようで、こわばりと動かしたときの痛み、可動域ともに悪化しています。 前回の続きです。 包丁を使うのが辛い、傘をすぼめられない、着替えが不自由、などなどと不自由は増えつつありますが、最近はおトイレの際にも右手ではお尻を拭けないという症状が出てきました。 ああいう肩の使い方が結構堪えます。はじめは、お尻の出口のところにティッシュを持った手をもっていき、この手ではなく体幹部を動かすことで何とか凌いでいましたが、ふと今「左手を使えばいい…
50代で右肩が変形増殖してエラい状態になってしまっている私です。 当初、最寄りの幾つかの大きめの病院では「保存治療を行って最後は人工肩関節しかない」と言われていました。 もしも人工肩関節ならこういう感じになります。 今は2種類の手術法があるようですが、どちらにしても置換後は運動🏓するのは無理だとおっしゃっていました。 そして、前回の続きになります。 骨を削ると言っても… まず、診察室で聞いた言葉は、「骨を削ることで症状が緩和するでしょう」という楽観的ご見解でした。 それまで幾…
昨年の今ごろだったと思いますが、「人工肩関節しかない」と複数の整形外科医に言われるくらい絶望的に傷んでしまった私の右肩関節の事を書きました。 www.tomaclara.com www.tomaclara.com あれから、何回か突然ブロックされたように動かなくなる度に鍼をしたり整形外科で筋膜リリースをしたりして小康状態を得ることとなっていましたが、人工肩関節だけはまだ嫌なので頭の中から消し去ろうとすることで不自由が当たり前になっていた日々を送っていました。 あれから1年・・…