Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。寝たきりから「復活」の兆しが…

高校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録

「落地成根 」… 逆境の中でも「希望の根」を張って生きる ~ 学校が 決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 (終)

これまで15回に渡り、娘が中学に入学してから卒業するまでの間のその時々で、どのような高校を目標とし、病気のためにその目標の数々に挑戦することを断念せざると得なかったのかを振り返りました。 学校で事故被害者になりさえしなければ、今頃はおそらく…

重なる偶然の幸運と意志の力に導かれた「高校入学」~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ⑮

前回の続きです 睡眠治療で朝なんとか起きられるように なった 娘はこの時中3の2月末。周りは受験一色となっていましたが、覚悟を決めて神戸市の睡眠治療施設に長期入院をすることになります。 丸2年間、治療や手術のための入院を除いて、ほぼずっと自分…

今の学校「A校」と娘との初めての出会い ~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録⑭

あの頃の心情を伝えない事には、「葛藤と諦念」が伝わらないため、想定外の長編となてしまいましたが、今回やっと娘の今の学校の登場となります。 やっと学校授業体験ができるまでに回復 記憶が定かではないのですが、11月初旬の福山でのブラッドパッチ後し…

体調回復頭打ちで「立命館宇治IBコース受験」を断念した中3晩秋 ~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録⑬

前回は、中3の夏の終わり、脳脊髄液減少症による体調の悪化と原籍校による勉強サポートボイコットのため、目標としていた「立命館宇治高校IBコース」受験のための勉強が全くできないことから精神的危機状況に陥った娘の辛く苦しい時期を振り返りました。 ww…

目標への夢遠のき「今の学校」に辿り着いた中3夏の終わり ~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ⑫

今日は、途中まで書きかけだった娘の「学校が決まるまで」の記事の続きにやっと戻ることができました。 今回のブラッドパッチで少しでも体調好転の兆しを見せていたら、もっと早く戻れていたかもしれません。どんどん高校の選択肢が無くなり娘の心が病んでし…

手の隙間から流れ落ちる「希望の高校」~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ⑪

今日から昨年に戻り「学校が決まるまで」の続きです。現在と過去が交錯するようで実に不思議な心境です。 (高校受験に関してはブログでは学校名を出してリアルタイムでは書いていません。葺合高校の時もそうでしたが、当然のことながら「〇〇高校を目指しま…

「絶対この高校に戻ってきたい!」と失意の娘が初めて「目標」を持った中3初夏~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ⑩

(続きです) www.tomaclara.com 立命館宇治高校のIBコース 立命館宇治高校は、今の娘が通う高校から急行電車で1駅の京都南部にある私立高校で、世間にはスポーツと英語に力を入れている学校として知られています。 言うまでもなく、関西では有名な立命館グ…

「キ〇ガイ」と言われた中3の苦しい梅雨、「某私立学校IBコース」がちらつく~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ⑨

この「学校が決まるまでシリーズ」も、2~3回で終わる見込みが、「書き始めると実にいろいろあったなぁ…」ということで、長くなってしまっております。 それは、外ならぬ、学齢期の子供にとって進学の問題がどれほど重要で大きウェートを占めるものであるか…

「高校への裏口入学」を妄想した日々 ~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ⑧

(まずは近況を) Dynabookがお陀仏になってふた月、借り物のパソコンのキーもおかしくなり、その後、娘のパソコンを借りながら細々と書き続けてきましたが、昨日やっと新しいパソコンが到着しました!今日からMOUSEノートパソコン14型での執筆となります…

娘 Vs. 国際科カリキュラム … 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ⑦

公立上位校への進路が断たれていた娘にとっては、葺合高校国際科は公立高校最後の頼みの綱であり、2年秋のオープンスクールで見た姿も素晴らしいものでありました。 ここでは公立中学校から入ってきた英語好きな生徒、或いは英語が得意な生徒を伸ばす最大に…

「葺合高校国際科」に一縷の望みを繋ぐ ~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ⑥

続きです。 そして「葺合高校国際化」に望みをつなぐ その2年生秋も深まる頃、私は色んな思いで煮詰まっていました。 そしてついに、それまで「誰からも一度も謝罪の言葉をもらえない」という正気を失いそうになっていた事態を終わらせるため、地域ボランテ…

「公立上位校」に別れを告げた、悲しみと失意の中2暗黒時代 ~ 学校が 決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ⑤

(流れ的には、この記事の続きです) 中2は恐らく「人生最大の難所」であったに違いない 中2の5月は、娘にとって大きな意義のある月でした。ここで学校初めての大きな旅行が用意されていたのです。 事故翌日からの強烈な頭痛が発生してから3か月。発見が…

足元の一筋の道を只管歩く… ~ 学校が 決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ④

やはり大きな回復が見られています 昨日の大荒れの天候は過ぎ去り、7月の第1目の今日は穏やかな日が戻ってきました。梅雨は例年7月20日頃までということですが、娘の学校はその前に長い夏休みに入るということなので、実質あと10日で登校は修了します…

「回想録」から「忘備録」」へ変更 ~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ③

京都は大雨、朝から頭が痛くて重くて眠い… 今日の京都は朝から大雨。スマホには未だに「神戸市東灘区大雨警報」が出てきます。 これが出てくるたびに、「あ、もう神戸にはいないんだ…」という一抹の寂寥感に駆られてしまいます。 あれほどの苦しい思いと共に…

志望校が「国際系高校」から「進学上位高校」に代わった中1時代 ~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ②

今日は月曜日。今日も遅れずに家を出て行きました。娘の登校チャレンジ3周目で、あと残すところ2週です。そしてもうすぐ本当に久しぶりの定期テストがやってきます… 続きです 公立国際中学には意地でも入れてもらえなくて… このブログがなぜ1年も経たない…

得たものと失ったもの ~ 学校が決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 ①

娘は今の学校に受け入れてもらうことで、2年も学習が遅れている上に、まだ満足に勉強ができる健康状態にない自分でも登校が続けられる学習環境に身を置くことが可能になりました。 そして、そこで学習をすることは、今まで自分の将来像を描くことが不可能な…