Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。寝たきりから「復活」の兆しが…

「落地成根 」… 逆境の中でも「希望の根」を張って生きる ~ 学校が 決まるまでの葛藤と諦念の忘備録 (終)

これまで15回に渡り、娘が中学に入学してから卒業するまでの間のその時々で、どのような高校を目標とし、病気のためにその目標の数々に挑戦することを断念せざると得なかったのかを振り返りました。

 

学校で事故被害者になりさえしなければ、今頃はおそらく「大好きだった神戸」の公立進学校に進み、何らかの部活に入って似通った趣味や価値観を持つ同級生や先輩との仲間意識を楽しみながら、2年半後の国公立大学受験に向けて滅茶苦茶勉強を頑張っていたと思います。

そして高校在学中に周りから色んな刺激や情報を受け、「英語ができること」とは別の興味関心が広がって、英語とは何か別の専門的な職業に就くための進路を選んでいたと思うのです。

 

何故、断言できるかと言いますと、その根拠は2つあります。

 

1つ目は、この春入院中に、今まで未知数だった娘の潜在能力が客観的判断された数字を得られることになったからです。

 

そして、2つ目は、娘が頑張れる子になっているとわかったからです。

 

これに関しては、娘が現在の「脳の機能の失調」という、学生にとっては致命的なハンディキャップを抱えながらも、現在の受け入れ校の中で、私が想像できなかったほどの頑張りを見せているのです。

 

それは、やっとのことで得られた「学習して知識を広げてゆく唯一の機会」を死守したいという、まさに全身全霊をかけた希求の姿に私には見えます。それでも、健康な子の(アバウトですが)5分の1くらいの学習時間が限界です…

 

小さいころは、親の干渉を全く受けることなく、自分の興味の向くままに、好きなことだけをしていて勉強には見向きもしなかった子供から、高校になって「自分の夢の実現のためにするべきことを頑張る」一段成長した娘の姿を見ることになり驚きと喜びがありました。

 

しかし、心は目標に向けてどんどん突き進んでゆきたいのに、身体と頭はそれについてこないというジレンマを娘はきっと抱えていると思うのですが、一言も文句を言わずに起きていられる時間の多くを、勉強に充てているのです。

 

それでも、自分がかつて描いていた進路からは随分離れてしまい、今の病状にあっては「標準学力」に追いつくことさえが不可能な位置に佇んでいる状態です。

普通ならここで、やる気を失ってしまいそうなものですが、娘はその時々で、その時点で可能な新たな目標を持ち、それに向けて気持ちを奮い立たせてきました。

 

残念な事ですが、先月の6回目のブラッドパッチ手術により改善したことは今のところ見られず、学校という強制力がない状態では、昼過ぎまで泥のように寝ていて、目を覚ましてから起き上がるまで30分以上はかかる覚醒困難も目立つようになっています。

 

到底、現状では確固たる目標を持てる状態ではありませんが、それでも2週間後には学校登校が始まり、6月のように死に物狂いの自己コントロールの日々になります。心配なのは9月からは始業時間が1時間早くなり平常時の時間割となるため、体調への影響は6月よりも更にきついものとなります。

 

どうか、脳機能の不全を抱えながらも、再び登校して新たな知識に触れる生活にチャレンジするする娘を何卒温かい目でお見守り下さるようお願いいたします。

 

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娘の姿と重なる今は亡きカナダの移民一世

 

落地成根… 娘はタンポポの綿毛のように風に翻弄され、その綿毛は思いがけず今の学校にまで飛ばされて落ち、種子はそこに根を張ろうとしています。

 

そんな娘を見ていると、昔、私がモントリオールで出会った日系カナダ人2世~ 当時は老齢で今はみな既に旅立たれた方々 ~から聞いた、ご両親世代の移民一世の方々の姿を思い出します。


新天地を求めて海を渡り、バンクーバーで差別的にあてがわれた「荒れ地」を開墾し苦労して苺畑にするなど、死ぬほど働いて生活基盤を築くも、第二次世界大戦で「敵国人」として収容所に移され、築き上げた財産を全て奪われて失意のどん底に叩き落とされたのです。心の傷が癒えぬまま戦後も更なる新天地を求め東部へ移動してその地で再度「ゼロから出発」して、子供たちを立派に成人させ、そして、カナダ社会に完全に同化し英語しか話さなくなった次の世代の孫を見ながら、おそらく万感の思いで寿命を全うされ、その地に骨を埋めた人たち…

 

2世の方の中には、ご両親の人生のあまりの苦労と苦悩について言葉にすることを拒まれた方もおられました… 本当に壮絶な人生を歩まれてこられたのです。 

 

働いて働いて築き上げた財産や地位の全てを失って一時は目の前が真っ暗になられたことでしょう。その絶望と悔しさを歯を食いしばりながら耐え忍び、戦後移住した地、モントリオールにしっかり根を張って生きてこられました。

 

思うに、時代に翻弄された壮絶な人生の中でも決して折れてしまうことがなかったのは、新天地を求めて海を渡ってきたその開拓精神、冒険心が示すように、いつも希望を失われなかったからではないでしょうか。

 

その姿は、かつて学生時代に読んだ、ナチスの強制収容所を生き延びた心理学者、ヴィクトール・E.フランクルの言葉を彷彿とさせるものでした。

「あなたの存在、あなたの人生にはいかなる絶望にも希望がある。人生はうまくいくようになっている。ただそのことに気づきさえすればいいのだ」

 

おこがましいかもしれませんが、そのような移民1世の方々と共通する、運命に翻弄されつつも「覚悟を決めた人間」の揺るがない強さを娘の中に見る気がするのです。 

 

多くのものを失った私たちですが、それでも見つけようと思えばそこには必ず希望があり、それを見失うことさえなければ何らかの道は開けてくるのだということを、何度も何度も身をもって知ってきたのです。

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苦しい時期、寒風の冬の海を見つめた日

 

藤田くららの高校が決まるまでの葛藤と諦念(完)

 

 

 

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