Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

学校廊下のガラス窓を木製椅子で叩き壊した私(その3)娘の心の問題②-諦め-

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大阪・金剛寺の大日如来さま

私に夢に関して、思いがけず長い素人講釈を垂れてしまう形になり、「読んでいる方は辟易とされているかも?」という危惧を持ちつつも書いてきた。

元々、このブログは娘の学校事故の不条理の極みの周知活動と、私自身の心を正常に保つために書いているため、これからもこういう脱線は起こるであろうが大目に見て頂きたい。

息子にも「何がいいたいのかわからない」という率直な感想をもらったのではあるが、今朝、この拙い「心と無意識の形而上学的考察」を真剣に読んで、私が感じた無意識上の問題を共に見つめていただき、見方によっては私以上に私=娘に一体化したような感覚を持たれた感のある読者の方からのコメントを頂き、私的にはかなり嬉しかった。

なので、今日は珍しく朝からパソコンに向かっている。

 

夢の内容を知らない方は以下の記事をどうぞ。

 

 

娘はもともと一人で楽しむタイプ 

娘は一風変わったところがあり、小さい頃から「抱っこを嫌がる子」で日本の公立保育所では有名であった。当初は、ネグレクトを怪しんだ保育士さんから、「お母さん、お家でくららちゃんを抱っこしてあげてますか?」と、普通は余程の事がないと保護者には言わないようなことを、顔を覗き込まれるようにして尋ねられた。

一瞬の私の顔の表情の変化を見逃すまい、と、その保育士さんの真剣な眼差しは「ものを言えない0歳児」の家庭での安寧を願う保育士の職業的倫理感が働いたが故のものであった。

この、抱っこを厭う赤ん坊は、その後も、添い寝もさせず、ずっと一人で眠ることを好んだ。幼児期も、甘えん坊の兄と母がべたべたしているのをのを横目に、自分で静かにお絵かきしたり、ペーパーバックを読んだりするのが好きな子に育っていた。

めったに自分のことを語ることはないが、しかし肝心のときには、事が本当に手遅れになるまえにちゃんと私にそれを告げてくれた。それは、小学校で「いじめ」に遭った際がそうであり、今回の学校事故の当日の詳細な記憶がそうであった。

しかし、余程のことがないとそれを口にしないというのはこの子の性質であり、そうなるまでにそのストレスは娘の心身を蝕み、チックや血尿などの症状を伴うものとなっていた。

本来一人でいる事を好む子でも、孤独に潰されるというのはあり得る事である。そしてそれは、余程のことであるというのは想像に難くない。

 

娘の心の状態の変遷

昨年2月の事故の日からの娘の心の変化を想像してみると、

  1. 事故に遭い、痛みとの闘いの時期。寝たままの時期が続き、つらいことはあったが、初期段階で治療を始められたことから、すぐに学校に戻れるという楽観的観測
  2. 5月の淡路島への研修旅行までには学校に戻れるという希望が立たれ、精神的にどん底だった時期 →娘の心が崩壊した日
  3. 9月の新学期には戻りたいと願っていたが、病態が悪化し社会のからの距離感が徐々に広がる夏の時期
  4. 秋からの、ほとんど昏睡状態で、食べて眠るだけの日。この頃には、事件が風化され、担任の先生が書類を届けに来る以外は、完全に社会から忘れ去られている状態
  5. 新聞記事になることで、自分の味わっている苦しみが徐々に周りに認知され、少し社会との繋がりを感じることはできるが、病態は一進一退の時期。
  6. 学校へ戻れないままに中3になったが、過眠や高次脳機能障害のため頭は全く働かず、来年の進路は気になってはいるが今後に向けて全く何もできない状態の現在
 

 

娘を邪念から守り支え続けてくれたもの

娘は最近まで、心身がしんどくて辛い状態が続いていた。そのために自分の将来の事を考るどころか、何かの感情を持つことさえできないほどであったと感じる。

身体面では、少し起きて居られる時間が増えるなどの改善がみられているが、精神面は以前のままである。それは、純粋に病気のため頭が働かずボケたようになってしまっている一面と、もう一方では、自ら、意識してか無意識によってかは定かではないが、「自分で意識のレベルを下げている」ような状態ではないのかと思う。

それは、例えればパソコンのスリープモードみたいな具合である。そのスクリーンには何も映らないように、娘の目や耳を通して入ってくる情報やそこから沸き起こる想念は、スクリーン即ち娘の表層意識には映らないようなセーブモードになっているように感じてきた。

そこに加えて、事故後の早い時期から娘は敢えて自分の内外に存在する「自分の感情をかき乱すもの」をブロックする方法を見つけていた。

それは、音楽である。具体的に言うと、少年や男性のコーラスである。私も聴いてみると、宗教的な感じがするもの、ポピュラーミュージックのようなもの、クラシカルなもの、様々あるが、この闘病期間を通じて娘の心を支え、外からの自分を苦しめる邪念をブロックしてくれていたのは、これらの音楽であった。

小さい時から、クラシック音楽漬けにしてきた環境であったが、(その他のジャンルにはそのうち放っておいても行くと思っていたので)、今はあまり聴かない。

自分が今演奏できない事に直面したり、かつて、称賛を浴びた色々な楽しい音楽活動の場面を思いだすのが辛いこともあるのかもしれないが、当然それだけの理由でもないであろう。

 

いつもヘッドホーンをしていて、目覚めているときでも、私に、必要なこと以外はほとんど話かけてくることはなく、たまに娘の声を聴くのは音楽を口ずさんでいるときだけであるという異常な状態であることに今気づいた。

本当に音楽を聴くことが全てになり、今の娘の世界では母親の存在さえも遠いものになっているのかもしれない。

 

今は諦めの境地か・・・

そのように、「娘の心が崩壊した」5月の入院後は、音楽が心を守るバリアとなり娘は正気を保ち、傍目には悲惨で見て居られないような時でも、本人的には一見穏やかに闘病を続けてきたのである。が、最近気になることが出てきた。

まずは、鉄サプリ療法の効果か、朝起きられる日が徐々に増えてきているのであるが、朝食を食べ終わるや否や、すぐに音楽を聴いている。また眠ってしまう前に、少しでもできる範囲でいいから勉強をしてほしいのであるが、教科書さえ開こうとしない。

本人曰く、「教科書を開いても、映像授業を見ても初めの5分で眠ってしまう」

らしいのであるが、音楽を聴いていられるのであれば、漢字を幾つか覚えるくらいはできそうだと思うのであるが・・・

いくら言っても、文字通り「馬の耳に念仏」なので、もう何も言わないようにしている。

中一が終わる前に中学校生活から引き離され、眠り続けた間にもう3年生の受験を考える時期になってしまっている。今さら、学校に戻って部活などの中学生活を楽しみたいという気持ちも持てなくなってしまっているのであろう。 

かといって、一年以上の勉強の遅れがあり、もともとの志望校どころか、とても受験を考えられるような状況でもなく、こんな立場に置かれたら、娘でなくても「全てのことから耳を塞ぎ目を瞑り、考えることを全て放棄して逃避していたい」というような思考回路になっていてもおかしくない気はする。人生を投げているようにも見えなくはない。

あの「浦島太郎」なら、娘の気持ちが痛いほどわかるのではないか。

 

そうして、今回のにより、この「諦めの念」の背後に隠されて見えていなかった更に大きな問題の存在に気づかされたのだ。長くなったので、それは次回に回すことにする。

「何故に画像で大日如来さまが登場?」への答えも、次回へということで・・・