Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

学校廊下のガラス窓を木製椅子で叩き壊した私(その3)娘の心の問題①

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目の黒いうちに一度はお会いしたい青蓮院の青不動さま

 

いつも、話がなんだかんだで脱線してしまうの傾向なのは、悲しい性(さが)であるが、今回は、横道にそれずに簡単に夢が教えてくれたことについて思い当たることを書こうと思う。

 

 

 

無感情でガラスを割ったのは娘の意識

まずは、過去記事に書いた私の見たおかしな夢。 

 

この夢の中では、私は前記事で書いたように、娘の意識になっており、いつもの自分とは違う視点や感情を持って感じ、考えていた。

 

それは、断じて「私ではない」と思うのには現実的根拠がある。

 

私は、娘が学校事故に会って以来、不条理のピットフォールに突き落とされ、「制度」という見えない敵と戦う術も持たず、当事者たちのの無関心の中で1年間もがき苦しんできた。

 

その負のエネルギーは現実世界では噴出することができず、それがMAXまで、溜まった時には、それはとなった。

 

 

夢の中では狂暴な

あまり、人に言えることではないが、その夢の中で私は、熱く煮えたぎる怒りの塊となって、相手にボクサーのように連続パンチの嵐を見舞い、ふらふらとよろめいても容赦せず、それに馬乗りになり、相手が抵抗できなくなってもまだぼこぼこに殴りつけていた。

 

そうして、朝目が覚めると、悪い憑き物が落ちたように本当に心が楽になり、鬱な心も見違えるように改善し、身体も心もフットワーク軽くなり、「自分が娘のためにするべき事」にいそしめる。このように暫くはにこやかで穏やかな心持ちの自分に戻れるのであった。本当に見える景色までもが変わったのである。

それはまるで、マグマの溜まった火山の噴火のように、凄まじい負の想念の放出として私の病みかけた精神に効果的に機能し、現在ブログを書いて思いを吐き出す以上のカタルシスの効果があったと言える。ブログでもカタルシスは感じるが、肩や目の疲弊がひどく、精神的には良いが身体にはあまりよくないという感じもする・・・

 

実際、この暴力沙汰の夢体験なければ、私の精神はここまで持たなかったと思う。少なくとも私には、夢の中で切れて滅茶滅茶する自分を持つことが心療内科のどのような薬よりも、効果のあるものであったのだ。

 

誤解されないよう言っておくが、私は元来、攻撃的な人間では全くない。気が弱すぎて、当然言うべきことを相手に面と向かって言えない性格であることが今回も災いし、自分自身を追い詰め心が弱ってしまった。そして、娘の権利を取り戻すために必要なことさえも相手に言えないということが当初から続いていたのである。本当に情けない母親だ。

 

それが、自分自身へのフラストレーションとなり、それが爆発すると、その負の怒りのエネルギーが、気が済むまで「相手をぶん殴る」とか、「蹴り倒す」とか、現実世界では不可能な形で現れるのであった。

 

 

そういえば実戦経験あり

以前、息子が小さい頃、身体を強くしようとして少し空手をさせて全く続かなかったのだが、その時、私も試しにお試しで参加してみたら、師範に「息子さんはあかんけど、お母さんはすごく素質がありますよ!」とおだてられ、一年ほど習ってみた。

足の蹴りが、どの子供(小学生だが・・・)よりも強く、それは師範のお墨付きをもらうほどであった。

今思いだしたが、その時に、人間相手の戦いはすでに実戦経験済みであった。師範相手に、中段蹴りをいれたり、突きを連続したり、師範の攻撃を受けたり、と、後で手足は痣だらけ、特に手はグローブのように腫れあがり痛い思いをしたが、とてもスリリングで楽しい思い出だ。

 

対戦中は、師範に向かって「殺気漂う目」で挑んでいたらしく、師範に「本気で向かってくるから、こちらも本気で受けてしまう。怪我をさせそうで怖い」と苦笑されていた。

 

そんな私なので、普段の気弱な人物と、真剣本気モードの格差がすごいのはあるのかもしれないが、道場の外の実生活ではそれが発動されることはまずない。人に対してのあたりが極めて弱く、ひどく気疲れするので、「人の事を変に気にする寛容さのない意地悪な人間」を避けて、そういうのがいそうにない、なるべく離れた安全なところにひっそりと隠れているタイプであるのだ。

 

また脱線してしまった。。。何が言いたかったのかというと、夢の中では私はすぐに切れて、憚ることなく、暴力行為に走る事のできる危険人物と化すのである。その糧となるエネルギーは「義憤、無念、憎しみ、勧善懲悪」であり、不動明王様のような紅蓮の炎をまとっているのである。

 

これは学校の窓ガラスを割った時の、「冷たく青い衝動」とは異質のものなのだ・・・だから、あれは私の意識ではなく、娘の意識だったのではないかと感じるのである。