Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。寝たきりから「復活」の兆しが…

娘がいなくなってから頑張る「校長先生」~新聞掲載後の「神戸市教育委員会 」と「学校長」の態度の変容 ⑤

 クリスマスと風邪で中断していましたが、教育委員会が今年4月に娘に関わりだしてから、初めて動き出した校長先生の続きです。 

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 このように初めてお会いした時に、これからのサポート、特に、夏休みも教員を動かして娘の遅れた勉強のフォローに手を貸してくれると申し出をして下さったのだから、これは、今までの無関心とはスタンスを変えて娘を助けてくれるべく、学校全体を動かしてくれるのだと思いました。 

その熱意の表れか、娘の転校のための手続きのために、はるか遠いポートアイランドにある支援学校の院内学級にまで、足を運んでくださいました。

原籍校の学校長が、支援学校ままでわざわざ訪れるというのは異例の事のようで支援学校の先生方は非常に驚かれていました。

 

 脳脊髄液減少症の講演会にも校長先生ら一行が現れる

この日から ひと月も経たぬ、5月の中旬のこと。

神戸三宮の勤労会館で、娘の主治医など脳脊髄液減少症専門医を招いての講演、質問会が催されましので、娘を家に残し一人で顔を出しました。

 

専門医の講演が始まる前に廊下に出ると、どこかで見た女性が2人立っておられます。

何と、原籍校の養護教諭の先生達でした。 

驚いて、

「こんにちは!どうしてここにおられるのですか⁉」と聞いてみると、

校長先生も来られてますよ。カウンセラーさんも。学校から全部で5人ほど来ています

 

と返されたように聞こえましたが一瞬耳を疑いました。これは一体何が起こったのかと、心底驚いたのです。前年に、一度担任の先生が来られていたと聞いたのですが、今回は大所帯での参加です。

 

それまで、他の患者さんに時々聞いていたのは、「担任の先生が来てくれた」とか「保険の先生が来てくれた」のどちらかで、校長先生直々にお出ましなどとは聞いたこともありません。

 

私はお礼を言ってその場を離れ、すぐに、同じ脳脊髄液減少症の子供を持たれるお母様にこのことを話したのですが、ピシャリとこう言われました。

「校長先生来ているの⁉ 藤田さんに会いに来られた? そうでなければ来ても意味ないじゃない…「来た」と言う実績を作りたいだけなんじゃないの?」

 

会場は、大きな部屋ですが、少し見渡せば誰がどこにいるかはわかるはずです。私は最後まで残って、担当医師に少し挨拶をしたりほかのお母さんや患者さんと話をしてゆっくりしていました。

結局、校長先生ご一行は、私の知らぬ間に来られ知らぬ間に帰られていました。

養護教諭の先生2人に廊下で偶然会わなければ、私はご一行が来ていたことすら知らなかったのです。

 

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誰のために、何のために頑張られておられたのだろう・・・

私は甘い人間なので、知り合いのお母さんの指摘を受けて初めて疑問が浮かびました。

校長先生は、一体誰のために、何のために来られたのだろう…?

娘の病気を理解し、苦痛を分かち合い、励ましてくれるため?

 

それなら、被害生徒である娘と同様に苦しみの中にいる母親がいるのに、声をかけようともせずにさっさと帰ってしまわれるという行為にはどういう意味があるのだろうか?

私が、校長先生が来ていることを知ろうが知るまいが、校長線先生にとってはどうでもよかった、ということですよね、どう考えても。

 

邪推かもしれませんが、娘の件で動き出した「教育委員会」に対し、娘の病気に関する説明会に、一同で「来た」という既成事実を報告するためだろうか?

という、悲しいですが、「大人の世渡りのための一策なのだろう」、という印象を持たざるを得ませんでした。

 

この少し前には、わざわざポートアイランドの支援学校にまでも書類を持って行かれました。そんな手続きのために半日潰すのであれば、徒歩1分のところにいる娘の顔を見に来て、声をかけて頂くほうが人間として余程大切なことだと思うのです。

そんな事もわからず、教員を長年されていたのでしょうか?

 

近くの娘にも会いに来ずに、遠くの支援学校に行き、

講演会では、当該生徒の母親に声もかけず、帰られる

 

結局、私達被害者家族の気持ちなど一顧だにされていないという事実。

 

この時点で、1年以上苦しみ、精神的ケアが必要な娘の頭上を通り越して、校長先生は教育委員会や学校関係という外部への「ちゃんとやってますよ」というアピール行動のほうがより重要だと思われていたのかもしれません。

 

 真相は今でも藪の中なので、私の思い込みかもしれませんが…

 

講演会帰宅後に、娘に、「なんと、〇〇の校長先生たちが、脳脊髄液減少症の大会に来てはったんやで‼」

と、報告しましたら、 

「私が転校してからなんで行くんや? 今更遅いわ…」

というごもっともな感想でした。

子供は真実を見通す力があります。一瞬で大人の欺瞞も見抜いてしまいます。

 

以上のような、小さな「疑念」を持ったのですが、当初、私はこれらを胸の内に収めておくつもりでした。しかし、その僅か2か月後に起こったある出来事で非常に悲しい思いをしたので、それに繋がる経緯として、ここ書くことになったのです。

 

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