昨日4月6日は、退院の お迎えのために京都から約1時間半のJRの旅に出ました。
神戸三宮の景色が見えてきたら、あと30分足らずでの到着になります。
神戸は山と海の距離が近く、この写真のように山から何本もの川が海に向かっています。今日は川岸の桜の風景を何度も見ることができました。
至る所にこんなに綺麗な桜並木があったことは、神戸を去ってから初めて気づきました。5年間の滞在でしたが、病気の息子に娘に心が塞がれ、景色を愛でる余裕がなかったのです・・・
しばらくすると、須磨、垂水とずっと海の景色に変わります。
明石の病院に行くために初めてこの路線を利用した時は、海を見ながら走ることに感動したものです。
長閑な風景を見ていたらつい寝落ちをしてしまい、気が付くと病院最寄りの駅を通り過ぎて「明石駅」に到着していました!それから一つ戻りました。
明石駅のホームからは、明石城が見渡せるのは福山駅を連想します。
天守閣は残っておらず、一体が公園のようになっていて桜の名所でもあるということです。桜はまだ少しだけ残っていますね。
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診察室でのお話
病院に着くと、今回は病室まで入るのはOKということで、荷物の整理を手伝います。
先週火曜日の朝に腰に点滴の針を入れてから順調に流量を増やし、退院一日前に針を抜いてもらったそうです。
その前にN先生の診察室でお話をしました。
一週間の硬膜外生食持続注入が終わってすぐなので変化はわかりませんが、漏れが残っている場合は時間と共に脳が下がり、悪化する(点滴前の状態に戻る)ように感じるようです。
娘の報告によると、入院中は特に良くも悪くもなったとは感じないと言っていました。
そこでN先生の見たところはどのようにお感じになったのかを伺いましたら、こんな変なことを言われたのです。
「調子いいのと違いますか? 顔が深くなったような気がするなぁ・・・」
「え? 顔が深くなるって一体何ですか??」
平たい顔族の娘が 西洋人のように彫りが深くなるわけでもなし・・・先生はにやにやしながらこう続けられます。
「脳脊髄液減少症の人の体調が戻ってきたら、表情が出てくるというか、顔がはっきりした感じになるんですよ」
「そうですか!娘は入院時よりも顔つきが変わってましたか‼」
先生は頷かれます。
ということは、点滴を入れているときはやはり変化があったということですね‼
多くの患者さんの変化を見ておられる先生のおっしゃることですから、きっと間違いないと思いでしょう。
このような僅かな変化にでも望みを繋げたい気持ちなのです。
更なる体調回復を期待しながら退院後の体調をよく観察してみようと思います。
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病院食は超あっさり系でしたので、京都に戻るや否やすぐに駅に隣接するイオンモールで、飢えた獣のようにステーキをがっついていました。
メンタルの方は・・・
問題のこちらのほうはというと、「トラウマの原点のこの病院に慣れることで少しは改善しないか…?」とも思ったのですが、本人は、やはり病院にいることは苦痛だったとはっきりと言いました。
お友達がブラッドパッチをしにきていたり、同室の中学生の女の子や隣のベッドの大人の方とも知り合いになって、楽しそうにしていたようなのですが…
やはり心の奥底はそう簡単には変わることはあり得ませんよね…
帰りに(ちょっと様子を見てみるために)明石海峡大橋の良く見えるところで写真を撮ろうとしたら、「あの橋は見たくないから」と不機嫌になって逃げてしまいました。
昨夜、記事を編集をしていたらGoogleフォトの「10年前の思い出」でこんな写真が表示されていました。
10年前の同じ月の同じ日に取った写真・・・娘の手に持つファイルから平安神宮近くの京都市美術館に「パウル・クレー展」を見に行った時のものだと思い出しました。
昔はこんな笑い方をしていたのですねぇ…
この「Googleフォト」、相変わらず頼んでもいないのに郷愁をそそられるような写真を毎日のように出してくるので、しばしば心がかき乱されてしまいます( ノД`)…
(因みに、この写真の数日後、娘は小学校に入学し虐めを受けることとなってしまいます。この太陽のような表情はみるみる曇ってゆき心身症も出ました… 幸福な幼年時代の「最後の輝き」を映した一枚です)
この幸せな時のように屈託のない眩しい笑顔がいつか戻りますように・・・
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