Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。寝たきりから「復活」の兆しが…

「毒」と「愛着」の沁みついた部屋を去るに至った経緯 ~「毒部屋案件」塗料・溶剤中毒 恐怖の実態

これまで「毒部屋案件」として時々記事を書いていたが、おそらく読者の方は何のことかさっぱりわからないだろうと常々申し訳なく思っていた。

 

以下は、「毒部屋案件」発生直後から、私が書き残してきた手記であり、昨日裁判所に提出したものである。相手方の手にも渡ったので、もう公表しても問題なかろうと判断した。

蛍光ペンや赤線がコピーペイストできなかったため、いつものブログ記事のような見慣れた配色の画面になってしまった。(病院名などはイニシャルに変更)

  

*因みにこの時は、娘は学校事故に遭う半年前で元気に学校に通っていた頃である

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2017年8月の塗料による健康被害

 

 8月2日・・・自宅マンション(2階)に午前8時40分~45分頃より閉め切った和室内にシンナー臭が漂い始め、他の部屋にも広がる。外を確認すると全くの無臭。窓を開けると臭いは薄らぎ閉めると濃くなる。持病の術後2週間目、まだ安静期間中でその和室で寝ていた息子(高3)は気持ちが悪くなり嘔吐する(嘔吐するのは数年前のインフルエンザの時以来、初めて)。私と娘(中1)も頭痛や吐き気、目と喉への刺激と痛みが始まる。外が無臭なため家の中の問題かと思い、クーラーのガス漏れの可能性などいろいろ調べたが自宅での問題ではなさそうなので階下に降りてみると、下の部屋は食品加工場に改装するため床を塗装中で、中はシンナーの刺激臭がひどくて近寄れないほどである。職人は「朝の8時半過ぎから塗装を始めた」と言う。全く予告なしの工事であり塗装であった。天井の四角い部分が取り外してあり、そこから臭いが上がっていたようなので、そこを塞いでもらように頼む。息子の様子が心配だったので近所のかかりつけのNS医院の先生に状況を説明して、処置をしてもらうべきか相談するが、時間が経てば落ち着くことが多いのでしばらく原因物質から離れて様子を見るということになった。

 

その後も臭いはまだ上がってくるので窓やドアを全開にして換気する一方、息子がまだ外へ出られないため、和室から一番離れた部屋に避難して過ごす。しかし、この部屋には階下のシンナーを含む排気が、ウインドファンによって外から室内に入って来ることもあり、ここでもシンナーによる症状は治まらない。更に夜になり窓やドアを閉めるとまた家全体にシンナーの臭気がこもりはじめ、3人とも、頭痛、吐き気、身体のだるさ、目の痛みと充血、喉の痛みがだんだんひどくなる。特に娘(中1)の状態がひどく、上記の症状に加え更に目と唇の周りが腫れ、ひどい下痢が止まらなくなり、これはもう中毒症状でありこのままでは危ないと思い、夜遅くに施工会社に連絡をしてホテルに避難したい旨を告げる。まもなく同意の電話があり、こちらで空きがあるホテルを探し、六甲アイランドのホテルプラザ神戸にタクシーで避難する。ホテルに到着後、少し休んで息子が歩けそうなので、隣のRI病院の夜間診療に行く。

 

8月3日・・・午前1時頃病院に着くと、一番症状の重かった娘はぐったりして待合室のベンチに横になり、息子も2週間ぶりに外を歩いたこともあって疲労感も激しかったが、診察を受ける頃にはシンナーによる吐き気や頭痛はかなりましになってきていた。小児科がなかったため、娘を除く2人が診察を受ける。医師はこのような中毒症状には対症療法しかないと言い、頭痛薬を処方しようとしたが、その薬は持っていたため断った。まだ目のひりひり感が残っていたため目薬を希望したが、眼科ではないため出せないと言われた。その間、娘は処置室のベッドで休ませてもらう。なかなか起きるのがしんどい状態だったため、子供病院の夜間診療に行ってはどうかと勧められたので、救急車で運んでもらえないかと尋ねると、それは無理だと言われた。吐き気も強かったため、娘は子供病院までのタクシーでの移動よりも隣のホテルに帰って休むことを希望したので、身体を支えて抱きかかえるようにしてホテルまで歩いた。翌朝すぐにホテル近くの小児科(KZ医院)に診てもらいに行く。頭痛、だるさ下痢、目の充血、目の周りと唇の腫れはまだ残っており、胸元には部分的に5センチくらいに渡って湿疹が出ていた(このような腫れや湿疹は初めて)。医師は、「化学物質による症状と一致している」と言い、薬を処方してもらう。まだ家にはシンナー臭が残っているであろう事を懸念して、ホテルでもう1泊する。もう2~3日ホテルに残りたかったが、費用が嵩むため出ることにする。京都へ帰りたかったが、長距離移動によって息子の術後の予後が悪くなることを懸念し、「もう臭いも消えているだろう」と思い自宅へ戻ることにする。

 

8月4日・・・私が様子を見るため朝早く自宅に戻るとシンナー臭がまだ少し残っており、数分くらいで目と喉の痛み、頭痛が来た。ベイクトアウトを2時間半余り行い揮発を充分促した後に換気を行う。昼前に子供がホテルからタクシーで帰宅。術後まだ安静が必要な息子を、一番離れた部屋にすぐに寝かせる。娘は学校で合唱コンクールのピアノ伴奏オーディションがあるため体調悪化しないように部屋へは入らず、友達の家で家に置いてあった制服に着替える。後に、この友達の母親から、「服から、私も娘もはっきりわかるくらいシンナーの臭いが漂っていたよ」と言われる。この時点で、皆体調は回復傾向にあったがが、引き続き、なるべく和室には入らないようにして生活をする。安全への不安はあったが、施工会社の人から、「もう臭いは上へは上がらないようにしてあるから大丈夫」と聞いていたので、部屋に上がった化学物質が揮発して外へ出てしまえば全て解決すると思い、昼間はずっと窓とドアを全開にして、夜は換気扇を回しっぱなしにする。

 

8月5日・・・皆、頭痛や目の痛みの軽い症状が出ていたが、「換気により徐々にましになっていく」と思い我慢する中、私の症状が強くなる。目の渇きとひりひり感、のどの痛み、頭痛、吐き気が続き、皮膚の掻痒感と部分的な湿疹が出てきたので、NS医院を受診する。

 

8月6日・・・日中、娘は外へ行かせてなるべく家にいる時間を減らしたが、息子は安静状態が必要なため離れた部屋にずっと寝かせていた。私は、家の片付けやシンナー臭のついた衣類やシーツやカーテンの洗濯をするため、和室に出入りしていたが、お昼前から上記の症状加え、異常なだるさと眠気に襲われ目を開けていられず、日中の半分くらい眠ってしまう状態となった。

 

8月8日・・・閉め切った和室で再びシンナー臭が発生。階下に降りてみると、施工会社の社員さんがいたので状況を訴える。前回の床の塗装に足跡が1か所ついていたので、その部分の補修のため、ペンキを少量塗っていたという説明を受ける。外へ排気をしているので、室内から上には上がらないはずだと言うので、実際に上の和室に入ってもらい窓を閉めた状態で室内に臭いがこもっているのを確認してもらう。管理会社に一連の異常事態を報告する。その後、息子が強い頭痛と吐き気と目の痛みを訴え始める。電話で「ホテルに行ってもらったほうがよい」と施工会社の許可をもらったが、息子の吐き気がひどくて立ち上がれず今まで経験のない「が割れるような頭痛」と言う)避難まで数時間かかり、娘も吐き気、頭痛、だるさ、下痢を訴え、目と唇も腫れる。私も頭痛と目のひりひり感が出る。結局夜になってからやっと移動する。ホテル到着後、息子のひどい頭痛は徐々に和らぎ1時間くらいで完全に消失する。ホテルの鏡で自分の顔を見ると、両目が充血して真っ赤になっていた。この日からホテルプラザ神戸で3泊することになる。

この時点で初めて、「密閉されていて上の階に空気は上がることはない」はずの階下の床に塗られた塗料の有害化学物質を含むシンナー臭が、天井裏に溜まり、それが何らかの建物の構造上の欠陥や劣化により下の食品加工の部屋と我々の住居を仕切るコンクリートや配管周りの割れ目や隙間を通って上の和室に上がり漏れ出てきたらしい、ということがわかった。つまり、我々はホテルから帰った後も塗料の初期の濃度の高い揮発成分をずっと吸い続けていたために症状が収まらなかったということであったのだ。

 

8月9日・・ 娘が部活の市大会に出場予定だったが、朝、まだ体調が悪く棄権することになる。私の目の充血はましになっていたが、涙が出なくなり乾燥して痛いのでRI病院の眼科で目薬を処方してもらう。 この日、息子の見舞いに来た親戚が被害のあった家で1泊する。和室の隣の部屋でテレビを見ながら寝てしまったらしいが、翌朝経験したことのない手足のしびれ感があり、今まで経験のない腸のねじれるような激しい下痢に襲われ、午後の3時ごろまで寝込んでいた

 

8月11日・・・お盆の連休になるとホテル代が高騰するためホテルを出る。チェックアウト後、家に荷物を取りに行き、息子を寝かせたまま運ぶため京都から車で迎えに来てもらい、この夜から京都での避難生活に入る。私は京都から週2回の仕事に通うことになる。そのついでに家に立ち寄り換気をしてから帰ることもあったが、その度に頭痛、目の刺激感があり、気分が悪くなるので、換気の間は外で時間を潰していた。

 

8月14日・・・東灘区役所の紹介により、保健所のホルムアルデヒド簡易検査を受ける。

結果は、和室が、0.32ppm. 隣の洋室が0.15ppmという、各々基準値(0.08ppm)の約4倍、2倍の高濃度が検出される。他の成分に関しては計測できないので不明。この日、娘も習い事のため神戸に帰り、家に荷物を取りにちょっと立ち寄ったが、部屋に入ると間もなく頭痛と目の刺激感が再発し、徐々に気分が悪くなり、やはり目と唇の周りが紅く腫れが出た

 

8月15日・・・避難先の京都のSK病院で、事情を話し娘の目薬(ステロイド入りのもの)と、抗アレルギー剤をもらう。

 

8月31日・・・施工業者がやっと空気の検査を行う。既に1か月が経過しており、化学物質の夏場の早い揮発と、何回ものベイクトアウトと毎日の開けっ放しの換気や洗濯により発生当時の物質がそのまま残っているわけがなく、完全に遅すぎる感があるが、現在の大まかな状況を知ることはできる。現在もまだ結果待ち。

 

9月24日・・・私の留守の間に、娘と息子がWi-Fiを使って遊ぶため、問題の部屋から一番離れた部屋に2時間ほど留まっていたらしい。その後、娘は頭痛と吐き気でぐったりし、間もなくひどい下痢を繰り返し夜中に何回もトイレに行ってほとんど寝られず25日に学校を休んでしまった。息子はその次の日はどうしても見たいテレビがあったため問題の部屋の隣の部屋に2時間滞在した結果、26日の本日次のような異常な症状がでた。腹痛が1日中続く。もともと汗が出にくいのに発汗が半日以上止まらない。だるさと異常な眠気で起きていられず学校でもずっと寝ていた。気管支のあたりの痛みも訴える。もうあの部屋には入りたくないと言っている

 

 

 

9月26日現在の状況

 

 問題の部屋の状態は以前に比べてましにはなっているようだが、夜間締めきった翌朝部屋へ入ると、換気扇や空気清浄機をつけっぱなしにしているにも関わらず、入るとまず頭痛が現れる。家中どこにいても程度の差はあるが、症状が現れる。すぐに全室の窓とドアをあけ放つが徐々に目の痛みや気分の悪さに襲われる。3人の個人差はあるが、娘が一番酷く、入って臭気を嗅いだとたん頭痛と目の刺激感が起こり気分も悪くなり、後でひどい下痢を起こすこともしばしばである。

娘が言うには、この臭いは、8月2日のシンナー中毒によるホテル避難から帰ってきた時から感じているという。息子も同様に部屋に行くと決まって、頭痛、目の刺激感と喉の痛み、腹痛、身体の痒みやひどいだるさが時間の経過とともに強くなると訴える。被害のあった部屋から一番離れた部屋はかなりまし(なような気がする)ので、問題の部屋からの空気が来ないよう間のドアを閉め切り、ネットでの作業等で短時間過ごすことがあるが、ずっといるとやはり頭痛、目の痛みなどの症状が必ず出てくる。私のネットとプリンタを使う仕事上の作業がこの部屋でしかできないため、仕方なく入らざるを得ないが、まだどれだけ有害成分が残っているのかはわからないので怖い。可能な限り家じゅうの全ての窓とドアを開け放し1日中換気をしているが、まだ以前の状態には戻っていない事は残念ながら確実であると感じる。

 

 

☆因みに、私達が神戸に越してきてから2年半この部屋に居住しているが、上記に記したような塗料や化学物質によるいずれの症状も経験したことがなく、何の問題もなく平穏に過ごしてきた。また過去、転居を3回して、戸建てもマンション暮らしもあったが、どの住居でも住環境による健康上のささいな変化や問題も感じたことはなく快適に過ごしてきた。そのため、「シックハウス」というものの存在も塗料等に含まれる化学物質の怖さも知らずに今回の件が発生後の対応が遅れ、子供たちを長時間化学物質(VOC)に晒し、夏休みを台無しにした上にこれほどの健康被害を与えてしまったことは悔やんでも悔やみきれない。この件以来、私はドラッグストアなどに買い物に行くと以前は全く感じなかった臭いに気分が悪くなったりするようになっている。最近では化学物質は床にたまりやすいと聞き、換気しながら掃除機をかけ床をふいたりするためいるとこの部屋に入ると風邪もひいていないのに鼻水やくしゃみが何回も出ることが度々ある(部屋を出てしばらくすると鼻水も止まる)

ベランダのサッシ、窓、玄関ドアもできるだけ全開にし、換気扇と扇風機を回し、玄関ドア以外は24時間開けっ放しの状態の空気でもこれだけの反応が出るので、閉め切った状態の部屋に入るのは現時点では私たちにはう不可能である。

3人とも被害のあった部屋にいると、様々な症状が出ることがはっきりとしているのでこの部屋での生活は依然として不可能な状態である。

 

大好きな部屋なので、私も子供達も1日も早く戻りたい気持ちでいっぱいである。

 

 

 

2017年9月26日

藤田○○

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 以上、今見直しても、克明に記録されたレポートであることを自認する。 

 

後日談として、この後、9月の末に、一級建築士の先生と防災士の先生に、この恐ろしい毒部屋の調査をしてもらうことになった。臭気の発生源とみられる「息子が寝ていた和室」に入り、畳を上げ、床板を外して上げた途端、異臭とともに床下に溜まっていた空気が一気に噴出したのか、一人は身体の力を失いよろよろとその場に尻もちをついてしまい、もう一人は、気分が悪くなって胸を押さえながら「心臓のあたりが痛い」と言った。

「これは危険だ!」と、まどもドアも全開にして換気をしながら大急ぎで床下の構造を写真に写し、すぐに床板を被せた。

 

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この年の夏休みが終わり京都から神戸に戻ると、この物件の上階の狭く臭く周りが○○人ばかりで夜中もうるさい極悪環境の空き部屋に避難しながら娘は学校へ通い、オーディションで見事に射止めた合唱コンクールのピアノ伴奏も立派に務めた。住処を転々をし、学校や友達の家のピアノを弾かせてもらったりして、本当に苦労しながら、クラスメートに迷惑がかからないように難しい伴奏を仕上げたのだ。👏

 

事故発生から2か月経過しても依然「毒部屋」だったのだが、その間家主や管理会社、そして工事会社やその雇い主である階下の食料品店は、このような被害を出した原因を究明することは一切せず、お互いに責任を擦り付け合うだけである。

 

医師はとうの昔から、「化学物質の感受性の高い年齢の子供をこの部屋に戻しては駄目だ」と一貫して言われていたが、最高の立地にあるこのマンションをすぐに去る気にはすぐになれなかった。

 

そうして、9月末に「大の男2人が倒れた姿」をこの目で見た時点で完全に諦めがついたため、即刻物件探しを始めた。毒部屋の中で決死で荷造りを行い、1月後にこの恐ろしいの沁みついた、それ以上に愛着の沁みついた、この部屋を完全に離れたのだ。

 

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相手方は尚も「自分たちの行った塗装工事と健康被害は無関係だ」と主張し、未だに責任を認めていないため、こちらの弁護士も「信じられない」と半ば呆れているのである

 

 

 

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