娘の今回のブラッドパッチは、前回のようにドンピシャで、漏れの部分に届かなかったようで、一昨日あたりから、久々に陰鬱な気分になるのを避けられませんでした。
これまで何度、希望の枝を折られることになったか数えきれません。子供2人が立て続けに難病になり、足掛け13年間、こんな日々の繰り返しなのですが、こういうことは慣れるようでなかなかそういう悟りに至るのは難しいものです。
しかし、思いがけぬ出会いがこのような暗い心情にあっても、明るい展望を描かせてくれることもあります。
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あと一年遅れていたら…
こんな中、福山で知り合った患者さんのリアルタイムの脅威の回復を目の当たりにしました。
お話をするうちに、その方の1年足らずの、患者歴の日々は、大人の脳脊髄液減少症患者さん達の遭遇する数々の試練を凝縮したような壮絶なものだとわかりました。大きな感銘を受けたため、了解を頂いてここにご紹介させて頂きます。
その方はAさん。大きな目が素敵なとても綺麗な方で、私から見たら「子供」の世代に当たる20代のママさんです。お子様は2人で、下のお子さんの出産時のいきみが原因で髄液漏れを起こしたようだと自覚されています。
その時からからまだ1年も経ちませんが、この間、仕事場での無理解、家庭での旦那様やその親の無理解のために、鬱病になってしまわれました。
どの患者さんも言われること、
「怠けているんじゃないか?」
「気持ちがしっかりしてないから、弱いから、そんなになってしまうのだ!」
などの言葉を、周りから投げかけられたそうです。見る間に子供の世話もできなくなり、朝、旦那様の弁当を作って送り出すをいうことも不可能でした。
この方も、娘と同様の過眠症状 が出ており、夕方の5時まで起きられなかったそうです。以前は、仕事が大好きで生き甲斐を持って、「直接的に人を助ける」仕事をされていました。
そんな方が、怠け者 と後ろ指をさされたり、直接言われたりするようになり、しばらくすると実際、寝たきりで何も活動ができない状態に陥ってしまいました。
家庭が機能不全に陥り、一時は、旦那様から、離婚を仄めかされた事もありました。
旦那様にしてみたら、「出産を機に妻の精神がおかしくなり全く別人のようになってしまった」
としか、思えなかったのでしょう。
離婚になると上のお子さんを取られてしまうことになります。
Aさんは「下の子が生まれた事で、こんなことになった」と感じ、そのお子さんの事を疎まし思ってしまうような精神状態になってしまっていました。
そして、真剣にこう話されました。
「三回ほど首をくくろうとしました…」
本当に、病気の発見と治療が遅れていたら、一家離散は避けられず、Aさんはどうなっていたかわからないほど深刻な状況がそこにはあったのです。
治療を開始したら、事態は180度転換
幸いなことに、ある医師の助言で、福山の脳神経外科に来られ、まずは、24時間硬膜外連続注入の点滴をされましたら、症状が嘘のように消えたのです。
退院してからも、その状態はしばらく続いたようで、嘘のように回復した妻を見て、旦那様は、
「昔のAちゃんが戻った!!!」と、上のお嬢さんと供に大喜びされた
そうです。
当然の事ながらその効果は徐々に薄れ、また、以前の辛い体調に戻ったため、今月、娘の1日後にブラッドパッチを、頸椎と腰椎に初めてされました。
そうしたら、症状は完全消失! 朝の7時に自然に目が覚め、その他の症状も無くなり、やっとAさんに本当の笑顔が戻る日が到来しました!
家族の感動秘話
Aさんは、「この病気で、本当に苦しい経験をしたけれど、一つ良かったことがあります」 と言われます。
Aさんは、子供のころから、お母さんにご飯を作ってもらった思い出がないそうです。
重度の鬱病のために、いつも布団に横になっているお母さまの姿が脳裏に刻み込まれていました。
しかしです、
Aさんが、脳脊髄液減少症で倒れ、子供や旦那様のお世話が全くできなくなった時に、このお母さまが覚醒されたように、ご飯作りは勿論、Aさんの代わりに家事をしてくれるようになったというのです。
元々、調理師免許をお持ちなので、気力が戻れば、ご飯作りなど朝飯前のお母さま。今も、お孫さん達のお世話をしながら、ブラッドパッチのお陰で元気になったAさんが、お子さんたちの待つ我が家へと戻ってくるのを待っておられます。
「Aさん、脳脊髄液減少症のせいで多くの物を失いかけたけど、子供の頃には欲しくても得られなかったお母さまとの絆は、この病気のお陰でしっかりと手に入れることができたね!」
と話すと、Aさんは、感無量と言った表情で、美しい瞳を幸せ色に輝かせ、大きく頷かれたのでした。
(Aさん、貴重な体験を皆様と共有させることにご同意頂いてありがとうございました)
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脳脊髄液減少症は、本人にとっても、家族にとっても、良くも悪くも大きなドラマをもたらします。
家庭や、時には人の命が奪われるような大きな悲劇で終わる事も実際にあります。
我が家の娘は社会的生命を奪われた状態ですが、この2年間の苦しいことの多かった体験の中でも、何かAさんのご家庭のように、結果として、プラスの方向に展開した事実があるのかもしれないと、いつの日か感じることができるような予感が致します。
そして、同じ病気の同じ症状だったAさんが、あんなに元気になられて家庭と社会に戻ってゆかれる姿が娘の姿に重なり、希望という灯が更に明るく輝いたのです。
皆様の心にも灯にもなりますように…
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