Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。寝たきりから「復活」の兆しが…

TOEIC980点の子供が公立中学の英語の授業を受けるという事 ~ 「公立中学」英語授業への道

プロローグ


娘が、学校事故により、中1の3月から授業を全休することになり、2年生からのいよいよ本格的になる英語の文法を全く習わぬまま、もうすぐ卒業という時期になってしまいました。

 

昨日の記事に書いたように「不定詞って何? 前置詞って何? SVO等の5文型って何?」というように、頭の中の文法ノートが真っ白なままであります。 

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国語のほうの文法もほとんど習っていないため、日本語(国語)における品詞の概念もままならない状況ですが、まずは、どちらで品詞を学んだらよいだろうかと考えました。が、現代国語の文法なんて、今後の大学入試でも出ないので、これはもう割愛決定致します。やるなら、英語の方でで決まりです。

 

しかし、今は、主要4教科(英語を抜いて)の2年分を追いつくために、体調の許す限り頑張っているので、英語にまで手が回らないのが実情です。

 

「何にしろ文法は、余裕ができたら」という扱いにしかできない現状ですが、それにしても、この子がもしも英語を全く知らない状態で中学に入り、事故に遭って2年間棒に振ってしまっていたらと思うと、正直、ゾッと致します。

 

娘が公立中学校で授業を受けたのは、正味、10か月足らずで、ABCのアルファベットから始まって、事故に遭う日までは、大した文法事項も出て来ず、とにかく、英語に初めて触れる子が基本単語をがんばって覚える期間で、まだ導入みたいな感じでしたが、それでも、色々な「思い」を持つには十分な時間であったと思います。

 

これは、以前からずっと書いて残しておきたかった事であり、これから、何回か連載で、その思い出を綴ってゆきたいと思います。

 

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公立中学の英語授業へと続く紆余曲折

 

初めて、その授業の行われている教室に足を踏み入れたのは、入学後一回目の授業参観でした…

2か月前までは、娘がまさか、初めて英語に触れる大方の生徒達と供にABCから始めることになるとは、思ってもいませんでした。

 

計画上では、「習熟度別クラス編成をされている英語のクラスで、ネイティブの生徒に混じり、ネイティブの先生の指導の下で、ABCの書き方の練習ではなく、いきなり大好きな小説を原語で読んで、それについて英語で論じ合い、レポートも英語で仕上げる」という想定だったのです。

 

なぜ、娘にとってはその夢のような学校生活が不可能になってしまったかというのは、(何回も書いていますが…)

 

この時までに、娘は芦屋国際中等学校という中高一貫の公立インターに落とされてしまったからです。ここにさえ入っていたら、娘が独力で培った英語の力を保持し伸ばしつつも、日本の大学受験へ向けての勉強もできていたのですが…

 

至極客観的に判断して、入学志願者中、英語の「力」は恐らく(ぺらぺら話すというだけでなく)、帰国子女を含めても上位数人に入り、作文も、専門教室の先生に初回で太鼓判を押された子です。面接も何の問題もありませんでした。それでも、補欠にも入らず、落とされ、悪夢の合格発表の後、雨の芦屋川沿いを茫然と2人で歩いたことが今でも思い出されます。

(過去記事に連載しています‼) 

 

獲得した資格に示される現在の力、独学でそこまで極められる潜在能力と性格や人柄を公正に見て貰えれば、まさか落とされることなどある筈がないと。

なので、本当に、ダメだった場合の準備など何もしていなかったのです‼

 

ですので、その合格発表の日までに、公立中学への進学希望などを一応出したり、制服の採寸をしておかなければならなかったみたいですが、それを告げる学校からのお知らせも全く目に入らずゴミ箱行きとなっていました。

 

そして、不合格と知ってからも、親子で茫然自失状態で、すぐに公立中への手続きを進める気にはなりませんでした。 

 

やはり、娘が英語を伸ばしのてびのびと自分を出せる環境を探すのを諦めるのには忍びなく、この時点で、「公立のインターには蹴られてしまったけれど、私学でも、インターでも我々の財力でどこか入れるところはないかと必死で探したところ、大阪のY〇〇〇インターのホームページで、この一言を見つけました。

 

「奨学生に選ばれたら授業料は半額」

 

時間がないので、詳しい事は行ってから尋ねようと娘を連れて、平日の授業見学をすぐに申し込んで学校を休んで行きました。

 

とにかく、「変な考え方をする大人たちが、娘の心に負わせた大きな傷をなんとか癒してやりたい」という思いです。その時の空虚な心の拠り所を求めたい、藁にも縋りたいという気持ちを持って、大阪のその学校へと娘を連れて文字通り、「飛んで行った」のです。 

 

 

 

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