Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

英語保育の場での子供のストレス (娘の場合)~ 英語保育施設でカナダ人保育士が園児を暴行(その2)

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小さいうちはストレスフリーで英語を習得

以前は、「小学校の低学年くらいまでの子供なら、英語の話される環境におかれれば、数か月で環境に馴染み、2か月くらいで英語が口からでてきて、半年後にはバイリンガルだ!」と勝手に思い込んでいた。

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事実、娘の場合は、英語習得に関してはストレスフリーでここまで来れた。2歳台の、まだ自分がどこの国の人で、何語を話しているのかさえ分からない時期から英語保育施設に通い始め、その前には、英語のビデオもある程度見せていたので 英語に対する違和感はなかったと思う。

 

2歳台と言えば、まだ、日本語もあまり話さない時期で、テレビから聞こえてくる日本語や英語の音声や、私が日本語で一方的に話すことを聞いているような具合である。

日本語さえもあまり発話せずにまだため込んでいる時期であり、お友達とも、あまり言葉を交わさず黙々と遊んでいることが多い。

 

この状態のところに、英語環境が入ってきたのだ。

英語が口から出てくる時期は、思っていたよりもずっと遅かった。初めての、ちゃんとした発話まで一年くらいかかったと思うが、それまでは全く英語が出て来ず、「このまま続けて大丈夫か?」と思い始めた頃に、突然話し始めたのだ。

 

これは周りのどの子もそのような経過であったが、娘は早い方ではなかったような記憶がある。

やはり、英語を聞いて聞いてため込む時期が必要であり、それが一年くらいすると突然コップから水が溢れだすように英語がでてきたのだ。

そのため込む時期が、1歳台とか2歳台だと、もともと言語コミュニケーションの段階に達していない時期であることから、違和感なく過ごせる。

しかし、それが活発に言葉でやりとりするようになる3歳児以降になるとどうであろうか?

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英語習得にストレスを感じ始める年齢と場合

幼児教育の専門家でもないので、アバウトな話になるが、実際に見聞きした体験の範囲で話をさせていただく。

 

娘の英語保育園にも、4歳前後に入所してくる子はたまにいた。他所の英語保育施設から来た子は問題ないが、「いきなり」英語オンリーの環境に放り込まれた場合は、非常にストレスを感じているように見えた。

 

はっきしした年齢の区切りはわからないが、「日本語をかなり話しており、自我が既に作られた時期に入った子供」は、先生がわからない言語を話し、自分と同じ日本人(アジア系)の顔をしたお友達が、先生の話す英語がわかり、普通に英語を使いながら遊ぶという初めての環境の中で戸惑う。

 

でも、先生は優しいし、歌や、踊りや、工作、お外遊びなど、楽しい活動はたくさんあるので、ここに来るのは嫌にはならないが、ストレスフルな状況が続くと、男の子の場合は特に、問題行動を起こす子はいた。

 

これも厳密に観察したわけではないのでその因果関係までは正確にわからないのであるが、おそらく、「今までできていたコミュニケーションの手段がとれない」状況にいきなり入ったのだから、当然子供にもしんどいのだとと思う。

 

また、途中入所の子供だけでなく、1歳台~2歳台の頃からいた子供も、やはり、母語である日本語の語彙ほどは増えない英語の語彙でのコミュニケーションでのイライラが募るときなど、手が先にでてしまい、大きな喧嘩になることも多々あった。

 

娘も例に漏れず、以前に書いたように「professhonal fighter(喧嘩のプロ)」として、イライラして手を出してきた男の子を容赦しなかった。先生から呼び出しを受けた時には、相手の男の子の手に残った歯形や、引き抜かれた髪の毛の残骸を証拠品として見せられた。

 

日本の保育所においては、女の子にはありえないような激しい喧嘩となっていたのだ。

 

ひょっとしたら、私が気づかなかっただけで、この2歳台から英語環境の中にいる幼児にも、家庭とは異なる言語環境で生活する事へのストレスがあったのかもしれない。

或いは、他の子供、特に男の子のストレスを受けて生じるところの対人関係のストレスに、自分なりに闘うことで対処していたのかは今となってはわからない。

が、兎に角、娘としては修羅場となるような経験を何度もしたのであり、私は顔に大きなひっかき傷をつくられた娘を連れて真っ青になりながら何度も病院にかけこんだのである。

 

思うに、娘のように幼い時に始めた子は、新しい言語習得へのストレスはないが、その言語習得をする環境のなかにある集団の中での幼児レベルでの相互関係が、日本の保育所などに比べると難しくなる傾向にあるのではないかと思う。

 

後に、日本語も良く話すようになってきた時には、「男の子に何をされて嫌だ」とか、「先生が男の子に命令して、自分に嫌な事をするのが嫌だ」というようなことを、しきりに報告してきたものだ。

 

1例を挙げると、保育士の資格を持たない英語講師のクラスにいた時のことである。聞けば、先生が、「風邪をひいている男の子に、鼻水を娘に対して飛ばすように、先生が冗談で言ったのを、その子が本当にやってきたらしい。先生は若い男性で面白がっていたのであろうが、おそらく日本の保育所ではありえないような事態であり、娘には大きなストレスであったのだ。

 

この先生、英語はほぼネイティブで、保護者受けも良い知的な男性で、子ども扱いもうまくて、私的には「当たり」の先生だったが、娘にはそうでもなかったようである。

 

 

英語保育における子供ストレスをなくすために

このような、3歳以降の「活発な発話の始まり」という成長段階にある子供が、それを自由に話せない環境にあってイライラするのも、子供の立場になれば、仕方ないところもあると思うのである。

 

しかし、そのような切羽詰まった喧嘩をする時でさえ、日本語のスイッチが入らないというのは、つくづく環境の支配力とは大きい物だと驚く。

 

そして、さきほどの、少し大きくなって入ってきた子が、このような英語が場を支配している空間に突然入ってきて戸惑うのも無理はないことであり、一人でそれに抗えるような雰囲気でもなく、孤独感や無力感を覚えてしまうことも多々あろう。

 

このように、年齢の差はあれ、国内で母語と違う環境で生活することは、どんな子供であれそれに順応するまでのストレスは避けて通れない。

 

日本語の世界で何不自由なく生きてきた子供にしたら、「自分から望んで、こんな環境に来たのではない」のだから、場合によっては不適応を起こし、ストレスで問題行動を起こすのも無理はないところもある。

 

そのような子供のストレスを理解して、英語のシャワーを浴びせつつ、心のケアもしながら適応を助ける能力とスキルを持ち合わせたプロフェッショナルな英語講師兼保育士の数が多くなれば、言語的に順応するまでの、「子供的には厳しい状況」の中でも心はかなり安らぐだろう。

また、そのような本当の意味での「プロの先生」なら、「新聞沙汰のカナダ人講師」のような子供の扱い方をすることはまずないと思う。

 

そしてそれを実現するためには、現在のように、(おそらく)フィリピン人講師などに課される厳しい採用基準とは全く別枠の、あまりにも緩いネイティブ講師の採用枠が併存している状態」を改めてゆくことが大事である。

 

国籍に捉われず、本当に熱意と適性のある人材を選ぶことが、採用側の課題であるとともに、それを利用する側の私達保護者も、「盲目的なネイティブ信仰」を捨て、子供の英語教育への正しい理解と講師を見る目を育てることも必要であろう。

 

令和は移民の時代の幕開けになりそうであるが、子供のバイリンガル教育の分野への優秀で質の高い外国人労働者の参入を考えているビジネス界の方々は、多いのではなかろうか?

ドル箱分野になるかならないかは経済オンチの私には全く知るところではないが・・・