Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

小6でTOEICを受け(させ)ようと思った理由⑥-雨の合格発表-

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その日は、朝から雨降りで暗い空の色が娘のその日の運命を暗示しているようであった。芦屋国際中学に向かう際、娘が手を滑らせて鍵か何かを何かを落とした。経験上、こういうときはたいていダメなことが多いので「これは不吉な暗示だ」と思ったが、敢えて気にしないようにした。

学校に到着して掲示場所に向かった。中庭に面した校舎の少し高いところに合格者の番号を書いた用紙が張り出されることになっていた。皆傘をさしていたため、中庭はごった返しており、我々は、一番後ろの一段高いところからその模様を眺めていた。定刻になって大きな白い紙を持った教員が何人か中庭に入ってきた。いよいよ発表だ。私は、合格の瞬間の娘の表情を撮ろうとビデオカメラを構えた。娘の番号は何番か忘れたが、さっと眺めてないのがわかった。補欠の数人にも入っていない。

これはどういうことだ?何が起こったのか理解できなかった。娘はショックで顔色は蒼白になり茫然としていた。同じ作文教室の同じ時期に入った仲良しのハーフの女の子は補欠になっていたことだけはわかった。こんなところは一刻も早く立ち去りたい。私と娘は無言のまま、バス停まで行きさっさとバスに乗り込んだ。2号線のところで降りるはずが、乗り過ごしてしまった。次のバス停で降りたあと、しばらく二人で雨の中、無言で川沿いを歩いた。雨に濡れて身体が冷えてきたので2号線のバス停まで戻って阪神バスに乗って家に戻った。


翌日学校に行くと、娘のクラスからは3人受けたのだが、帰国子女枠で男の子が1人受かっていた。その子は、大喜びで自分の合格を大声で触れ回っており、なんと娘に向かって、「馬鹿だから落ちたんやな~」みたいなことを言ったらしい。

帰国と言ったって、何年前の事だろう。日本育ちの子供と全く同じだ。この子はどうか知らないが一年かそこら親の仕事で外国に行くという「恵まれた体験」をするだけで、特別枠で皆受験できるのだ。この子は英検準2級か2級は持っているらしいし、英語の発音はネイティブっぽいようだが、娘自身がこの子と自分と比べて、同じくらいと思う部分(学校の勉強)はあっても自分がはっきり劣ると思うところはないという。

枠が違えば基準が違うし倍率も違う。せめて、この人物が、特別枠で受けられなかった失意のどん底にいるクラスメートの女子2人の気持ちを慮り、不合格したクラスメートがいる中で合格者が行うべき言動を取っていれば娘はまだ救われただろう。

芦屋国際中学というところの面接は一体何のために存在したのか?こんな思いやりのない(ただ単に幼稚?)な子供を受け入れ、人の気持ちを読みすぎるくらい読んで、クラスに一人ぼっちの子供がいれば、自分から話しかけ仲間にいれてあげるような、そんな娘を「いらない」と落とすのだ。
娘は、このクラスメートの心無い言動によってトドメをさされ、それからしばらく毎晩涙で枕を濡らした。

周りのお母さん達の反応もすごかった。皆、理解できなかった。いやしくも、「インターナショナルスクール」と名の付く学校が、恐らく帰国子女も入れた受験者の中で英語の実力(資格としての実績)がトップの子供が入学することをを拒絶したのだから。英語の能力はおろか、外国語習得には恵まれない環境の中、独学でそこまで到達したという事実が示す、娘の「人となり」が全く評価されなかったのだ娘のこれまでの人生と人格が全否定された気がした。


周りは口々に慰めてくれた。

「あの学校は勉強ができる子が行くところではない。信じられない学力レベルの子が入っている」
「受験も意味不明な選考をされるから、普通の親は受けさせない。子供の努力が報われる他の学校を受けさせる」
「これだけ英語ができる子を落とすなんて、そんな学校クソだから行かない方がよかった」

この時になって初めてわかったが、地元の教育熱心な親御さんの間では、「ワケあり」の学校であったのだ。入学者は確かに玉石混交。でも、この学校のレべルがどうこうは私にとってはどうでもよかった。

ただ、それまで一人ぼっちで洋書を読んでも語り合える友達もいない娘。そんな娘が授業でみんなと洋書を読みネイティブの先生にはいろんな面白い本を紹介してもらい洋書の世界を共有できる空間と仲間が欲しかっただけなのだ裕福な家庭であれば、(本物の)インターナショナルスクールに入れるという手もあったが、そんなのは我々にとっては夢物語である。

自力で、英語の物語の世界を感情レベルで感じられるレベルまで開拓していった娘なのであるが、独学でたどり着いたところのその高いレベルの潜在的な興味と方向性を、この先を育ててやろう、導いてやろうという真の教育者はこの学校にはいなかった。

この学校の英語教育を最も必要としていたのはおそらく娘だったのに・・・。
選考委員の教員たちよ、この後、娘が辿った公立中学での不遇をお前たちは想像しようとはしなかったのか?