Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

小6でTOEICを受け(させ)ようと思った理由⑤-受験当日-

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(もうTOEICを小学生で受けさせようと思った理由は書いてしまったし、読んで頂いている方にはこの入試結果がどんな結果に終わったかがネタバレのような感じになっているが、最後までお付き合い願いたい。私も早くこのネタに関わっている現在、暗澹たる気持ちで過ごしており、一刻も早く終らせたいのであるが・・・

万全の対策と自信を持って臨んだ入学試験当日。芦屋国際中学の門の外には、作文教室の先生2人が応援に駆けつけてきていて、確かどこの塾の先生もよくやっている、弦を担いでのキットカット

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を貰ったような気がする。自然体で臨めば大丈夫だと本人も考えていたため、何の緊張も無く終始笑顔が出ていた。

保護者と受験児童は初めに体育館に集合したのであるが、まぁ日本の普通の中学受験の面接日とはなんと違ったリラックスムードであろう。服装もバラバラで、完全に普段着で来てる子もあったりして実に多様性を重視する学校らしく、受験児童の出身地域のお国柄が伺える。

日本在住受験組の娘は定番で、「紺のブレザーにイエローのブラウス、チェックのリボンタイとスカート」この一回しか使わないのと、ゆるいドレスコードは予想されたため、あまり気合を入れず、総額2000円くらいで中古のものを集めて用意した。でも、大変良いセンスで纏められ見た目は好印象であったと思っている。娘は冷え性なので作文の試験の間はタイツを履いていたが、面接前にはトイレで脱いで寒かったけれどもハイソックスで頑張ることにした。

試験開始時間が近づき、子供たちが並んで試験会場に行くため体育館を出てゆく。学力頂上決戦のガチ中受勢が、「常在戦場!」とばかりに、親は半分涙で、また塾の先生方は熱のこもった眼差しと励ましの言葉で見送る中、まだ幼さの残る子供たちが試験会場の校舎へ消えていく時の悲壮感緊張感達成感とは比べるべくもないが、芦屋国際中学を受験するこの子たちの中にもそれなりに頑張ってきた子もいるだろう。娘も腱鞘炎を悪化させて作文を沢山こなしたのだ。「皆がんばれ!」という気持ちで送り出した。

近くのダイエーで時間つぶしをして、最後の面接が終わりそうな頃に校門を少し入ったところまで迎えに行った。同じ作文教室に通っていた男の子のお母さんが待っておられたので、立ち話をしながら子供たちが出てくるのを待った。入学後に親しくなれそうなナチュラルでいいお母さんだなぁと感じた。

遠くに、見覚えのある小さな影が見えたと思うと、娘と、その男の子は相次いでやってきた。二人とも満面の笑みで開口一番、「教室でやったことのある問題が出たから、ラッキーだった!しっかり書けて、見直しも何度もできた」ということだ。

娘の面接については、男の面接官の教員に、「英語ができるそうですが英語を話しているときどんな気持ちがしますか?」みたいなことを聞かれ、娘は、「英語を話しているときは、いつもの自分より積極的な人間になって、日本語でよりも自分を表現できるようになります」みたいなことを答えたらしい。「リラックスして、にこやかに話ができた」と言っていた。

作文の対策もばっちり当たっても面接もきちんと受け答えが出来て聞く限りは失敗が全く無く、TOEIC980点で武装した娘はもう落ちる要素なんて考えられなかったので、男の子のお母さんともこれから長い付き合いになりそうだなぁと、言う感じの挨拶をして別れた。その男の子は優秀な子で、お勉強もできるようだったのでまぁ普通に受かるだろうと考えていたのだ。(合格発表後、ショックのあまりその後のことは聞いていないので、この子がどうなったかはわからない)

帰り道で娘と色々話したが、面接前、一人の女の子が、面接室に入るまでの待ち時間の間、一人でぶつぶつと恐らく作文教室で言われたことを練習して鬼気迫るものがあったらしい。

それを聞いてなおさら「作文にしろ、面接にしろ、ここの学校に受かりやすい印象を教室で作り上げられているのだなぁ」と、何だか「作り物感」がすごく、こんなことに何カ月も高いお金を払ってきたのかと内心「なんだかなぁ・・・」という気がしたが、子供たちは真剣に、娘は数か月だが、他の多くの子は1年、2年とそれに真剣に向き合ってきたのだ。

ガチの脳力・学力勝負の中受というものを知っているだけに、それとは全く性質の異なる、この学校の選考教員のお眼鏡にかなう受かりやすいタイプの生徒像を作るための対策期間は、「受かれば、大学受験まで好きに時間が使えるご褒美が付くが、落ちれば、何の学力もつかない全く無駄な期間になってしまう恐れがある」と当初から考えていた。(まぁ、結果的には最少の被害で済んだと思うことに救いを見出しているのだが

教室に通うことで作文が上手くなる筈だと思われるかもしれないが、教室での指導はあくまでも、「芦屋国際好みの作文を時間内で書けるようにするための指導」であった気がする。その後に入った中学校では、「この子は天才作家か?」と思うほどの実に自由な発想でその子ならではの世界観を出せる恐ろしい書き手がいたりして、やはり作文は大人の指導なんて受ける必要もなく上手い子は上手いのである。

やっと作文から解放され、後は、合格発表を待つのみである。「まぁ、落ちることはないだろう」とその時は更に確信を強めていたマトハズレな母であった 

 

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