Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。寝たきりから「復活」の兆しが…

「窮鼠猫を噛む」ブログ人格と本当の自分(無意味なモノローグ)

前回、前々回と娘が健康で満たされた心を持っていた5年前の思い出を書いた。 

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あの頃の悩みなき自分の心情を思いだし(*あくまでも「娘」に関して問題がなかったということだが・・・)、それとともに、屈託もなく、顔色も良く食欲も旺盛な「元気でよく笑う普通の子供」だった娘を懐かしく思い出し、しばし幸福感に酔っていた。

 

それ以来、少し時間が空いた。昔の旅の余韻に浸っていたい気分もあったが、それ以外に「ブログを書くのが怖くなっていた」ということがある。

 

今回は、リハビリのために、一番筆が進む反面、このブログにとって全くの無意味ともいえる、「自分語り」から始めてみる。

 

 ブログ筆者は怖い人では断じてありません

このブログを読んで、私たちの境遇に同情して「本当にお気の毒だ。なんとかしてあげたい」と切実に思っていただける方が確かにおられる。

一方で、ブログ筆者の事を、「過激で頭がおかしい母親」、「常識はずれで普通の人ではない」といった印象を持たれることもあるのだと、確かな手ごたえを感じるような幾つかの出来事があり、それが私の弱いメンタルに刺さっているようなのを半ば自覚していた。そしてそれがじわじわときき始めてきたと言える。

 

ブログ人格と、実人格の解離についてはよく言われるが、私も例に漏れない。

 

実像は他人には極力甘い性格である。かつては、「自分に厳しく他人に甘い」性分だったせいで、子供集団社会からはじき出された人や、大人になっても他の人から理解されない人の受け入れ人になっており、その傾向は現在でも続いている。 

 

基本、「来るものは拒まず去る者は追わず」というスタンスは生涯変わらなさそうで、私の周りに集まるのは、発達障害が程度の差はあれ入っているような、個性の強い変わった人間も多数いる。寛容で何でも受け入れてしまう私の雰囲気を読んで集まってくるのだろう。

そんな彼らに戸惑うこともあるが、結構面白い人が多いということは確かで、わりとそのような交友関係を楽しんでいるところはある。若しくは、「類は友を呼ぶ」というように、私自身にもその傾向がある可能性は無きにしも非ずだ。 

 

それに対して、狭い世界での常識に捉われ、「こうあるべきだ」とう几帳面タイプの人は苦手だ。頭の良し悪しにかかわらず、確固とした自我を持ち自信満々に自己主張や人の批判をするのが好きなタイプの人などは、同じ場にいるだけで疲弊してしまう。

また、「悪口、批判、いじめ」そういうのが好きな人とは対極にいると思う。

 

 

 
大人しい人間が怒るからにはそれなりの覚悟をしています

こんな私なので、現在でも、自分の当然の権利を主張できず、周りの人間、年下の人間にさえも甘く見られる。「こんな私である」母親なので、娘の「人間として、子供として、生徒として、病人として」、法治社会の日本と言う場で当然守られるはずの人権を守ってやれず、今は社会の片隅の水面下に追いやられてしまっているのだ。

 

でも、こんな気の弱い人間が、ここまで怒るようなことを娘は大人達、教育者達からなされてきた。大人しい人間が、烈火のように起こるとはどういうことか、改めて考えて欲しい。

昨年の苦渋と忍耐のまま、このひどい実態を回りに知らせるための行動を起こさず、毎日眠り続けて目覚めない子供を見ているままであったら、私はとうに気がおかしくなるか、体調がおかしくなってどこかに入院していたのは確実だ。

或いは、「憤死」して、母親よりも早く墓場で眠っていたかもしれない。

 

だから、このブログも覚悟を込めて書いている。社会へ向けて、という目的以上に、私から子供へ残してゆくものとして。このやりきれない現実に、無力な1人の母親が、わが子に対してなされた数々の残酷な仕打ちや病魔に対し、どんな思いを持って、死に物狂いで子供のために何をしようとしてきたか。

 

それらを、彼らが「子を持つ親」となった時に再び読んで、当時の私の悩める魂に触れあってもらうための、長い、長い「遺書」のつもりで書いているのである。 (続) 

 

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