Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

児童精神科受診から見えてほしい今後

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現在の娘の状況は複雑だ。高次脳機能障害で廃人状態だった今年3月までの状況を思いだすと、大きな改善はあったことは否定できない。しかし、覚醒困難な睡眠は続き、そして鬱だかなんだかわからないが、精神的にも元の娘ではなくなっている。

 

脳脊髄液減少症の後遺症(現在漏れているかどうかさえわからない状態)、起立性調節障害のような諸症状、慢性疲労症候群のような易疲労、低気圧で1日起きられない気象病、文字を見るとまだ頭が疲れるし、記憶も以前の状態にはまだ遠い。

 

過眠については、これが一番の悩みの種である。「特発性過眠症」という睡眠障害があるがそれに近い状態である。覚醒が困難で、数時間続けて覚醒しているために多大な努力を要する。夜は一人で泣いている。朝まで寝られないかと思えば、ほぼ1日中寝ることもある。スライム状の粘土を触る事で不安が紛れるのか、部屋は粘土の入ったケースだらけになってしまっている。

 

夜は、音楽を聴かないと不安で眠れない。日中も、迫り来る「高校受験」に対応することが不可能になってしまった自分を忘れるために、ずっとイヤホンをつけて音楽を聴かずにはおれない。暗闇を怖がり、いつも電気をつけて寝るようにもなった。

 

食べ盛りのはずが、昼を過ぎてからやっと起きても吐き気と慢性的な食欲不振でなかなか食べられず、7キロ減ってしまった体重も増えない。

 

特別支援学校の授業も、悪天候によるひどい頭痛で2回続けてキャンセルしてしまった。入試の天王山と言われる夏休みに、受けた授業は数回のみ。勉強は殆ど進められなかった。今だに中学2年の殆どの勉強にさえ追いついていない状態だ。

 

ひとことで言って、身体も精神も無茶苦茶なことになっている。。。と客観的には思える。

 

 

先日の診察で女医さんと、娘を交えて1時間ほど話し合った。現在の複合した症状を見ていると、脳脊髄液減少症が大元の原因であるのは確かである。しかし、副次的な症状も放置しておくには深刻になっているものもあり、それはそれでの対処が必要であるのかもしれないという気持ちは持ち続けていた。

 

そんな折、今回、脳脊髄液減少症の症状がどれほど残っているのかを知るために、まずは精神面に既に潜在している不安症状や睡眠のリズムを専門家の元で治す試みをしてみてはどうかと提案された。それには院内学級のある良い環境での入院治療が望ましいと。これは、私も考えていたことだ。

 

娘は長期間子供の社会生活から疎外され、自分や家族をこんな目に合わせても責任を取ろうとも、援助の手を差し伸べようともしない多くの「冷淡な」大人たちに不信感を抱き、狂ってしまった自分の成長計画に戸惑い、精神と情緒のバランスをやっとのことで保っている。身体と精神の不調が交錯する、現在のもつれた症状の糸を解きほぐすための治療をしながら、毎日体調の良い時間に教育を受けられる施設へ一時的に入る事も考えてはどうか、ということだ。

 

児童精神病棟への入院とその中の院内学級で教育を受けるということである。

 

娘には、かねてから「院内学級」のある病院への入院を希望していた。しかし、身体の病としての入院は無理があると言われている。何故なら、脳脊髄液減少症の治療についてはやることはやってしまった今、現在の症状を改善するための入院を必要とする治療法が見つからないからである。生きづらい症状が沢山残っているにも関わらず、治療してもらえない。脳脊髄液減少症とはそんな病気なのだ。

 

一方、精神の方での入院の方がハードルはかなり低い。しかし、その分、治療・療養施設は、心の問題を持つ子供であふれかえっており、入院をするまでの待ち時間が長すぎる。(今のところ、個人的に、入院施設と院内学級のある「子供の睡眠障害」専門の病院に、申し込んでいるが、初診は1月初旬である。)

 

中学生活も終わりに差し掛かる今、入院するということは、最終的にどのような結果をもたらすことになるのか? メリットとデメリット、両方をよく考えなければならないが、娘は、先生から、この病院の説明を聞いて、「入れるのなら行ってみたい」と言った。

 

このように、現在の膠着状態の打開策を模索しているうちに、既に2学期が始まり中学生生活も実質4~5カ月となってしまった。(神戸は、2学期の成績が出た後の3学期は行かない子が多いみたいなので)娘は高校にみんなと行きたかったのに、ただそれだけの望みが今は実現困難な遠い夢となっていることを痛感する。

 

タイムマシンに乗り、1年半前のあの事故の前に戻れるなら、あの忌まわしい日、2018年2月27日の神戸のあの学校のあの体育の時間に身を置くことを避けるべく、引っ越しでも、不登校でも、間に合わなければその当日、「くらら!今日は絶対学校に行ってはだめ~‼」と力づくでも登校を阻止したい気分だ。 

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