Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

「脳脊髄液減少症」の悲しみ①~分断された友情~

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前回、前々回で書きましたが、学校事故の日から、誰も当事者ではないような振る舞いを見せず、謝罪するべき人達が一言も謝らないという、まるでSFのような世界が展開されていました。

 

この事件が新聞というメディアにより周囲に認知されること、事態は少し動きましたが、「謝罪」に関しては、過去一度、中学校管理職の先生から引き出した一言だけで、被害者となり苦しむ娘へは誰一人として直接謝ることなく現在に至ります。

 

深刻な病気だとわかってもらえない

なぜ、被害生徒の一生を左右するほどの甚大な被害がありながら、こういう周りの態度が可能になるのかは、それが「脳脊髄液減少症」という病気であることが大きな要因となっていると思います。

 

また、「学校事故」ということで、各方面からメールをいただきました。そこから垣間見えるのは、学校の対応はどこも似たようなもので、積極的に救済に動いてもらえず、また、加害者もしかるべき責任の取り方をせず、悔しい思いをしたというものです。 

 

学校事故であるが故の難しさがある上に、「脳脊髄液減少症」ということで、被害者は余計に一段と困難な立場になってしまいます。

 

脳脊髄液減少症は、身体の内部にある脊髄硬膜の破損により髄液が漏れる病気です。

事故の衝撃で発症しますが、出血もなく、「頭痛」という日常ありがちと思われる症状で始まることが多く、大抵は受傷と発症にタイムラグがあります。そこからじわじわと脳の神経がおかしくなり、頭のてっぺんからつま先まであらゆる症状が出現してきます。重症患者さんは、文字通り生き地獄の中におられます。

 

この頭痛は厳密には、「起立性頭痛」であるのですが、これも、思春期の子供によくある「起立性調節障害」と症状が似ているため、誤診される場合も非常によくあります。

この場合の起立性調節障害(多くはサブタイプの体位性頻脈)は、脳脊髄液減少症の多々ある症状の中の1つに過ぎません。

 

髄液の漏れが微量である場合は、上で書いたタイムラグが大きくなり、しばらくしてから徐々に症状が現れるので、事故との因果関係の立証はほぼ不可能になります。

 

また、大出血などはなく、骨折のような画像ではっきりわかる変形も伴わないため、この病気を知らない加害者側からみれば、「本当にこの病気なの?本当に事故をきっかけに発症したの?」というふうに考えてしまうのです。

 

例えば、事故から2週間後に、起立性頭痛をはっきりと自覚して、相手方の保険会社に治療費を請求しようとしても、相手方は、「その2週間の間に転んだことも考えられる」という主張をしてきます。

事故後すぐの最初のカルテに、「頭痛」の文字がないと、圧倒的に不利になってしまうのです。

 

因果関係が明らかであっても100%とは立証できない辛さ

今回の娘の場合は、私にこの病気の予備知識があったため、発見はスムーズでした。

体幹部への強い衝撃から24時間以内に発生した起立性頭痛は、髄液漏れをまず第一に疑う」と、専門書に書いてあるとおりの発症であり、翌日、生まれて初めて頭痛がすると訴え、それが、明らかな起立性頭痛でした。

 

髄液漏れを発症するには十分な衝撃と臀部(左横)という箇所であり、重度の打撲の痛みから、その夜気分が悪くなり翌日起立性頭痛を発症して、身体感覚や意識や知覚の中での矛盾の無い連続性がありました。事故後の身体の変化を主治医以上に一番わかっている人間なので、転倒事故との関連性は疑う余地を持ち得ないのです。

 

しかし、加害者側はそうであるとは思っていないのでしょうか?

 

確かに、医学も科学である限り、状況的に間違いがなくても100%だとは立証できない部分があります。

 

例えば、「鼻を殴られて鼻の骨にひびが入ったと言う人がいるが、その前後にその人は鼻を強くかんでいた。鼻を強くかむことによって骨にひびが入った可能性は、医学的に0%とは言い切れない。よって、鼻を殴ったことで骨にひびが入ったという100%の確証はない」みたいな事です。

 

加害生徒のご家庭は、自分の大事な子供に傷がつかないように、99.99%の確率でクロであっても、残りの0.01%の科学として立証不可能な部分、言い換えると、「科学が科学であるために敢えて断定しきらない0.01%の余地」のような部分に、わが子がシロである可能性を何とか探しだそうとしているのかもしれません。

 

或いは、単純に、「どんな事があっても、後の事を考えて初めから謝る気がない」だけなのかもしれません。どちらにしても私には理解できない考え方ですが。

 

加害者となった子供が一旦は素直に認めたことを親が覆した形で、一言でも謝罪の言葉は口にするものかという態度となりました。

 

結局、この行為は、被害者である娘の家庭から笑顔を奪ったばかりではなく、友達だった2人の子供を分断することになりました。

 

それはある意味、悲しい事ですが、娘は被害者としても友人としても、このご家庭から切り捨てられたと言えるのかもしれません

(②に続く)

 

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