Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

不条理の中で人生を奪われて【※はじめての方はこちらからお読みください】

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初めて来られた方にとって、このブログの意味不明のタイトルや、英語やら病気やらのごちゃ混ぜ状態になった記事の並びから、このブログの性格や方向性を掴むことが難しいものになっていると感じました。

ここで、今までの流れを一旦整理することに致します。

 

 

 

 

ブログを書くことになった理由

このブログは、昨年(2018年)2月の学校事故により、脳脊髄液減少症を発症して、中学生活と、将来の夢の多くも奪われた女子中学生である娘の闘病と、娘が小6でTOEIC980点を取るまでの英語との関りを紹介しております。

平成最後の年の3月中旬からこのブログはスタートしました。

ブログなど、他人が何を書こうが何の興味もなかった私がこの世界に入った理由ですが、それは、「娘とその家族の置かれた不条理」を告発しないことにはあまりの怒りと絶望で、文字通り「憤死」しそうになっていたからです。

事故以来1年以上は学校教育に、今年の冬からは医療にも見放される中で、娘は精神状態、身体状態供にどんどん悪化の一途を辿りました。全ての希望を打ち砕かれ、一日の殆どを眠り続ける娘の姿を見るのは、非常に辛い試練のようでありました。

 

娘の受難

娘は、中学1年時の2月末、学校体育時の同級生の不注意な危険行為により、体幹部分に強い衝撃を与えられた結果、脳脊髄液減少症を発症し、その直後からほぼ寝たきり生活となり現在に至るまで学校を去ることを余儀なくされています。

 

中2の5月から6月は、孤独と社会的疎外感から入院中に鬱病状態になりました(例えば、計2か月の入院期間中、学校関係者は一度も見舞いに来ず、といったことなど)

 

その後も起立性頭痛眠気疲労感で寝たままの生活。更に、身体の不調に加え高次脳機能障害が出始め、記憶や認知がおかしくなり、本も読めず全く勉強ができないという、学齢期の子供としては致命的ともいえる状態が続きました。

そのような中で、誰も手を差し伸べてくれない苦しい苦しい一年だったのです。

 

 

更に、昨年度の後半6か月間は、一日18時間前後、酷い時は20時間を超える昏睡状態になっており、その事は今年の3月に、神戸新聞の記事にもなりました。

 

 

この新聞記事が出なければ、娘と家族の幸福を木っ端みじんに破壊したこの学校事故は隠蔽され、忘れ去られていたでしょう。

事実、この時まで学校の生徒達は、「なぜ、学校の誰もが知っているほど知名度もあり、自身学校が大好きだった一人の女子生徒が、なぜ1年以上も学校に来ていないのか?」という理由を全く知らされていなかったのです。

多くには「不登校」という認識を持たれていたようで、この噂を伝え聞いた、私の怒りと娘の悲嘆は筆舌に尽くしがたいものでした。

 

被害者が何故莫大な治療費を払うのか?

別の視点からの大きな問題としては、「脳脊髄液減少症」という病気に対する保険制度の差別的扱いがあります。

 

 

過去記事で詳しく書いたのですが、簡単に言いますと、この病気の根源である、脊髄硬膜からの髄液漏れを画像に捉えられないと、保険診療となりません。しかし、機械の精度上の問題から、実際には漏れているのにもかかわらず、この漏れの画像が得られるのは10人に1人か2人なのです。

 

ですので、多くの患者さんは、「ブラッドパッチ」という唯一の治療法に、最低15万円ほど自費で払う必要があります。入院期間も、保険が効く場合の1/3くらいに短縮してのこの値段です。

 

娘も、残念ながら漏れの画像が得られず自費扱いの手術が3回となりました。安静を

保つため、入院日数を数日延長したため、今までに約60万の支払いをしました。

 

学校での事故は本来、「スポーツ振興会」により全額払われるものなのですが、今回のような自費の場合は、一切、給付はされません。後からの払い戻しも一切ありません。何度も教育委員会の保険担当や、スポーツ振興会に、こちらが何の非も無い被害者であることを訴えて給付をお願いしましたが、無理でした。

 

おかしいと思われませんか? 学校の授業中の事故、それも、他の生徒の不注意な危険行為により、子供を負傷させられ寝たきりにされた、全く非がない被害者家族が、病気治療に必要な、高額の治療費を全額を払う羽目になっているのです。(負担はそれだけではもちろんありません)

おまけに、母親である私は娘の看病や付き添いで、仕事も大幅に減らさざるを得ず収入も激減しています。「子供の健やかな成長を眺める」という人生最大の楽しみも奪われ、趣味も続ける事ができず、今は、娘の回復のための治療法の模索のためだけに生きている状態なのです。

娘の人生を打ち砕かれた上に、現在も、こういう理不尽な負担を強いられています。

 

被害者をナメきった当事者達と制度

学校は、事故の「責任」は認めました(授業中の事故なので法的にそうなる)が、今に至るまで、治療に関しては、保険治療区分の給付はありましたが、それ以外の自費診療分は「制度的に無理だ」の一点張りです。

 

加害生徒は、自賠責保険に入っており、その保険会社によると、「学校事故の場合は加害者であっても監督責任は学校にあるため保険は下りない」のだそうです。

 

学校に関しては、この事故は「他人事」であり、「現行の学校の決まり」や「目の前にいる、健康で、進学実績を稼いでくれる生徒達」が、やはり優先されるのかな?という思いを抱くような対応を大事な場面でされてきた感があります。「個人」としてはどう思われているかわかりませんが、「組織の人間」としての対応をせざるを得ない仕方ない部分もあることは理解しますが。・・・

 

新聞記事以降、状況が変化してきた

神戸新聞記事により、この事件が世間に周知されることになるまでは、私達家族は暗黒の絶望の中におりました。娘の人生を台無しにされた上に、高額の自費治療費まで払わされる(誰も払ってくれないので)という、ここまでなめられ、馬鹿にされ、おまけに隠蔽され社会的にも抹殺されることになるならば、「憤死」の言葉通り、「声明文を出して抗議のハラキリでもしようか・・・」などと、過激な考えがふと脳裏をよぎったこともありました。当時は本当に、八方ふさがりだったのです。加害者や学校と刺し違えること(比喩的な意味で・・・)も辞さない覚悟でした。

 

そんな暗澹たる気持ちの時に、「脳脊髄液減少症と学校保険制度の問題」ということで、主治医とともに新聞社からの取材を受け、娘の受けた心身の大きな傷被害者への侮辱的ともいえる学校保険制度は世間に知られることとなりました。

この時から、光が見え始め、理解者や支援者が現れ、私達家族は「一人」ではなくなりました。

 

教育委員会もやっと腰を上げて動いてくれました。そうして、「教育を受ける子供の人権」を奪われていた娘は、一年二か月振りに、週2回、2時間だけではありますが、授業を受けることになりました。

 

高校進学が叶うかどうかはわかりませんが、数か月前までの、生きている心地のしなかった地獄の日々を思うと、事態は良いほうに動き始めていると思えます。

 

 

脳脊髄液減少症という恐ろしい病気について

昨年(2018年)2月27日、中学校の体育の授業時に起こった事故でした。当日夜から気分が悪くなり、翌日には強い起立性頭痛が始まりました。

「脳脊髄液減少症」と診断されたのは、それから6日後でした。

 

この病気は、交通事故や転落、尻もちなど、事故時の体幹部分への強い衝撃により、脊髄の硬膜に亀裂が生じる事で、髄液漏れを起こします。そのため髄液中に浮かぶ脳の位置が下がり、脳神経が引っ張られたり圧迫されることで、頭痛を始めとする自律神経系、免疫系がおかしくなってしまうのです。生きるための、身体的、精神的なエネルギーも全て奪われてしまいます。

 

症状は多岐に渡り、未治療で慢性化すると、立つこともできず、寝たきりで移動は車椅子という生活になってしまいます。胸郭出口症候群や、線維筋痛症を発症して痛みに苦しむ毎日を送る患者さん、高次脳機能障害で、記憶や認知機能がおかしくなる人も多いです。

 

下に紹介するのは、起き上がる事ができず、寝たままでピアノを演奏される患者さんのメッセージと演奏です。

 

ブラッドパッチという唯一の治療法が効かない場合は、心身の苦痛以外にも、社会的な疎外、収入が絶たれ家庭崩壊、子供は進学を断念させられるなど、その人の夢や人生が奪われてしまう恐ろしい病気なのです。

「癌」や「糖尿」などと言えば、社会的な理解もあり、保険制度も整い、「病気と闘う患者」として接してもらえますが、「脳脊髄液減少症」の場合は、知名度が低く「怠け病」としか捉えられないこともあり、その意味でも、非常に苦しい思いをする患者さんは沢山おられます。

 

治療法が限られており、それも万人に有効なものでもなく、多少の効果はあっても後遺症の残る人もたくさんいて、元通りの生活ができる方は知っている限りではごく1部です。

医者の中でも認知度はまだ低く、そのために発見が遅れ、慢性化して治療効果も出ず、後遺症に苦しみ鬱病も発症し、命を絶たれた方も何人もおられます

 

 

タイトルである「Friendshipは船と港」

殺伐とした内容の記事も多い中で、こんな事故に巻き込まれるまでの娘の幸福な人生の象徴的な出来事をタイトルとしました。

 

 

興味を持っていただけましたら、カテゴリーから、「学校事故」と、「英語成長記録」のそれぞれの過去記事を読んでいただけると嬉しいです。

状況が良い時は闘病の話、うまくいかずに鬱々としているときは、英語関係の明るい思い出話が続く傾向があります。そのようにして精神のバランスをとっています。

 

これからも、闘病と英語成長期という娘の人生の光と影を紹介してゆきたいと思います。

学校事故により人生を狂わされ、未だ諦めの境地にいる娘を励ますための応援クリックをお願いいたします。保険制度上不遇な脳脊髄液減少症という病気の周知のためにもよろしくお願いいたします!!

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