2022年7月7日は、織姫と彦星の年に一度の逢瀬ではないが、遠くに住む息子と2か月ぶりに会った。
イオンモール桂川でランチをしてその後一階の大垣書店をぶらぶら見て、それから近くにある古本のブックオフと2軒を梯子で巡った。
探していた本が見つからないようで、その後息子は「丸善へ行く」と言い、阪急電車の洛西口駅で見送り別れた。
※京都三条の丸善は梶井基次郎の『檸檬』に出てくる、昔から京都の知識人に愛されてきた洋書や専門書を扱う大型書店。
”丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。
私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉(こっぱ)みじんだろう」”
『檸檬』より🍋
まだAmazonがこの世に存在しない私の若かりし時代、洋書と言えば京都では丸善で手に入れるというのが慣例とされていた。
外国の値札シールが貼られた洋書を買う事はちょっと小粋でステータスが上がったよう陶酔感をもたらしたものだ。
その後、娘が洋書を読むようになり、普段はヤフオクの「一山幾ら」の子供用の中古ペーパーバックや河原町のブックオフの100円洋書古本で間に合わせていたけれど、どうしても読ませたいRichard Scarryのハックル君の絵本などは、河原町通りの反対側にある丸善に行って実物を手にして目を輝かせる娘に買ってやる事もあった。
こんな風に、京都人の私にとって丸善は、その時々の思い出を切り取ったスナップ写真のようなイメージと共に脳裏に浮かぶのである・・・
そんな読書と共に過ごしてきた我々も息子の進学のため京都を離れることで、丸善との縁は完全に切れてしまう事になる。
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牙を剥き子供に襲い掛かる病
謎の病で悲惨な状況だった中3の息子。高校進学を「1週間でもいいから」実現するために、学校から徒歩5分圏の神戸市東灘区に移住。学校に行っても授業はずっと意識を失ったように机に突っ伏しているだけ。そして多くの人を集める5月の学園祭を超えてからは急激に悪化。学校には行けなくなり家で完全に寝たきりになってしまった。その後、神戸でも数えきれないほどの医者めぐりをして、その年も終わろうとするころに「運命の病院」での入院、検査で原因を突き止める。ここまで発症から10年。
その後、検査、入院、手術の何度もの繰り返し。学校へはついに戻れず、その間、母子共に精神を病んでしまった。
小さな頃に、家の本棚にある子供向けの歴史や古典文学や辞典・事典の類までほぼ全てを読んでしまっていた読書好きの息子は、この間一度も活字に触れることはなかった。小・中学もろくに通えず、高校時代の3年間は完全に空白となる。
そんな中、度重なる治療により苦しみに満ちた身体中が癒えてくるにつれ「自身の現実」に目が向くようになると・・・今度は心の病が牙を剥いて襲い掛かる。
何年も離れていた人間世界にやっと戻れた浦島太郎には、自分の居場所がなくなっていたのだ。
謎の病気に身体と思考の自由を奪われた高校時代は、「これほどの身体の苦しみに耐える自分にとって、心の病になる人は甘えに思える・・・」と言っていた子供が、その後生きる気力を根こそぎ奪うような凄惨な負の力を持つ心の病に完膚なきまでに打ちのめされてしまい、息子の人生は更なる闇に閉ざされた。
自分の将来を奪った病の理不尽さに、身体の病によってそれまで封印されていた思春期と反抗期のエネルギーの噴出が拍車をかけ、息子は「自身の境遇への怒り」に捉われ荒れた。(身体が衰弱していたため物理的被害は襖の小さな穴一つで収まったが)
その怒りは私と息子の長年の共存関係も引き裂き、息子は一人神戸を離れ遠方で療養に入る。
そこからは一人で七転八倒の内面の苦しみを経験しながらも、結果として、それまで防波堤となって病気の自分を守ってきた母親の庇護から完全に脱却し、不完全ながらも自立をしようという年相応の本能に導かれていた時期であったように思う。
病状は良くなったかと思えばまたずっと寝込んでしまったりで、勉強が全く手につかず進学など到底おぼつかない状態だったけれど、どうか息子が心の安寧を取り戻せるよう遠くから祈る事しかできなかった。
というよりも、娘が学校事故により発症した脳脊髄液減少症のことで心のキャパが一杯になっていて、そのため息子の存在は無意識に心から消していた。
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七夕の日の再会
それから4年・・・
2022年7月7日、七夕の日に毎度の事ながら超ラフな格好で現れた息子は、初めて「未来に繋がる希望」を語ってくれた。
「重すぎた過去」を振り返らず、「今の自分」に拘泥することもなく、「未来のこうありたい自分」について、たくさん話をしてくれた。
そうして、
「今日すぐに読みたいから」
と言い残し、子供の頃大好きだったマルーン色の阪急電車に乗って、河原町三条の丸善🍋に「ある分野の専門書」を探しに向かったのだ。
あぁ、やっと読みたいと思える本に出逢うことができたのか・・・
娘よりも更に激しい運命の波に翻弄されて、色んな意味であり得ない方面に漂着している今だけれど、そこからでも開ける道はあるのかもしれない。
自分に与えられた運命に腐らず、逃げず、諦めず、差し伸べられた善意の手を信じつつ、一歩を踏み出そうとするかつての「素直な自分」が残っているならば・・・
これからは、運命も神様も、総力を挙げて味方してくれないと流石におかしいだろう、
とは思う。
そして、君がやっと丸善🍋に回帰した記念すべきこの日は、後々忘れえぬ七夕の一日となるのかもしれない。
12年前の七夕の夕暮れの兄と妹、近所の「山公園」で
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