Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。寝たきりから「復活」の兆しが…

「Health Education (保健体育) の課題地獄」で疲労困憊・・・

昨日から今日にかけての京都は天候も悪く、頭痛がひどくなりました。更に金曜日ということもあり疲労困憊で京都に変える道中も目を開けていられなかった娘です。

 

毎週土曜日の午前中は学校の疲れで泥のように眠るがままにさせているため、一日が始まるのは通常午後からとなっています。

 

このところの頭痛や疲労に追い打ちをかけているのが、学校の課題の多さです(娘の体調を前提として)。それでも、今のところ人より余分にしないといけない事が2つも課されているというのは非常にしんどそうで見ていてちょっと可哀そうです。

 

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「体育」に参加するのはリスクが大きい

 この学校の体育は、ひどく苦しい持久走や水泳などのノルマもなく、バスケをしたりバレーボールをしたりと、仮に参加できていればある程度楽しい息抜きの時間となったことでしょう。 

 

娘の体調が完全に元に戻っていて、頭痛も覚醒困難もなく、低気圧でも体調が悪化しなくなっていれば体育の授業に参加を試みてもよかったかもしれません。

 

しかし今はまだ難しい状況です。体調が悪かったり頭痛で参加できない日もあるでしょうし、もしも転倒してお尻を打ったり、バスケで激しくぶつかったりしたらと思うと怖くてできません。

 

実際、脳脊髄液減少症が完治しないまま運動に戻って運悪く髄液漏れが再発してしまった子供さん2人に実際にお会いしたことがあります。


1人はバレーボール、もう1人は持久走でした。


また「よいしょ!」とタイヤを起こしたらまた硬膜がブチっと破れて漏れが再発してしまった方も知り合いにおられます。


運動をして大丈夫なこともありますが、ダメだった例も身近だけでもにこれほどあるのです。 

 

現在、体調が良い日に危険な運動をしてしまい万一漏れが再発すると、ここまでの3年間、必死の思いで回復させやっとここまで来れたことが水の泡となります。また長い闘いが始まり大学進学どころではなくなり、人生がまた変わってしまうこともあり得るのです。


 私にとっても、娘とあの壮絶に苦しい日々を繰り返す気力も体力ももはや残っていません。


なので、今の時期、そんなリスクを冒して体育をするというのはどう考えてもメリットがないのです。

 

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「体育を欠席するほうがしんどい」という変なことに

 1年生の授業選択の時は、副校長先生との雑談の中で「じゃ、体育は取らなくてもいいよね」という話になり免除されましたが、今思うとこれは1年限りのことだったようです。

 

やはり、体育の単位は必須のようで、2年生の個人宛ての娘の時間割には、体育がしっかり組み込まれていました… 

 

困った娘は、体育担当である1年生の時の担任の先生のところに行き、「まだ運動をすることは難しいので、レポート提出にしてもらえませんか?」

 

と伺いを立てたところ、「私は、レポートはしません」と一言で却下されてしまったため、次は2年の担任の先生に泣きつきに行ったのです。

 

すると、今度はちゃんと取り合って貰えて、体育の実技ができない代わりに、保健体育の課題をすることになったため、娘はほっとしておりましたが・・・

 

なんと、この課題が曲者でした。

 

何でもアメリカの高校の保健体育(Health Education)の通信教材をこなしてゆくというものですが、これが、あの娘をもってしてもひどく苦しい修行のような時間です・・・なんと、今一番しんどい課題がこの保健体育というおかしなことになっています。

 

さきほど「ある日の課題」を見せて貰ったのですが、細かい英文が詰まったページが20ページほどもあり、それについての質問が沢山あって、極めつけはその質問に該当する部分を「聖書」の中から探して抜き出すというものです。

私なら1日で卒倒するような量と質です。

 

日によっては、質問が40ほどありその一つ一つを聖書の中から探して答えると言う、非キリスト教徒にとっては拷問のような様相を呈しております。

 

ご存じのように娘は、昔に比べ脳機能がかなり落ちたとはいえ、学校のネイティブ生徒の中にあっても読書スピードはまだまだ速いです。そんな娘が、1日分のこの課題を仕上げるのに2~3日かかり、さすがに嫌気がさしたようです。

 

保健体育なのにまるで「聖書の勉強」をしているような錯覚に陥ります。

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ボッティチェリ「聖母子(書物の聖母)」(1479)

 

聖書を知ることは欧米社会を理解するうえで大変役に立つことであるのは承知はしていますが、身体が悪くて体育ができない生徒にこんな苦行を強いるのはちょっとキツくない?という思いは親としてあります。

足を怪我したとか手術をしたとかで、身体は動かせないけれど脳機能も正常で活字を読むことでの脳疲労も起こらず、起きていられる時間も健常な生徒ならまだわかりますが(それでもキツイ量と内容ですが)、2年前まで脳疲労と目の異常で活字が読めず、現在も回復途上にある子供になんでこんな課題が出されるのかと言えば、やはり娘の病気(髄液漏れにより脳の神経が失調する)の性質を理解されている先生が少ないということなのでしょう…

 

起立性調節障害のお子様方も不当に「サボり病」扱いされてしまうことはよく言われます。そして、脳脊髄液減少症はそれよりも遥かに深刻な病気ですが、重症時でないとやはり「サボり病」と思われているのかもしれません。娘は3年がかりでやっとのことで軽症になったとはいえ、まだまだしんどいことは山ほどあるのです。

 

この「保健体育」の課題は夏休みにも持ち越すそうなのです。夏休みの宿題と受験科目の遅れとSAT対策で疲れ果ているだろう所に、更に脳や目に負荷をかけられては娘が潰れてしまわないかとひやひやしています。

 

このような課題は、敬虔なクリスチャンである生徒さんにとっては至福の時間であるかもしれませんが…

 

私にはまるで娘が「十字架を背負うキリスト」の姿と重なってしまうのです ( ノД`)…。

 

最近は常に「聖書」に追われるようで心休まらぬ娘ですが、学校が大好きなことは変わりはなく、時々休んだり遅刻したり、学校内でも休息を上手く取りながら日々乗り切っています。色んな問題を抱えていますが、娘が夢に見た高校生活を謳歌できていること、その点は常にこの学校の先生方に深い感謝を捧げています。

 

娘、私に「保健体育」の愚痴はこぼしますがSOSは出していないので、心中オロオロしながらも静観中の母のつぶやきでした。

 

 

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