Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。寝たきりから「復活」の兆しが…

「2月27日」~ 事故から3年目のこの日に寄せて

 

目を閉じると、あの時の光景が今なお鮮明に瞼に浮かぶ。

 

発症直前の「健康」であった最後の時間に交わした言葉が、まるで耳鳴りのように記憶に響いてくる。

 

3年前のあの日、学校から帰るや否や、いつもは穏やかなお顔が膨れっ面で、体育の時間に大転倒させられたこと、そして、その後の不愉快な出来事を話しだす。

 

「空中を飛んで腰から落ちた」「理科の先生が『大丈夫~⁈』と叫んだ」「罰ゲームを代わってくれなかった」「バービーめんどいからって…」「歩くだけで痛い」etc.

 

今尚はっきりと覚えている。その時のやるせない表情…

酷く痛い思いをさせられた上に無情な態度を取られたと、口を尖らせて俯きかげんに不満を呟く13歳の少女の横顔

 

「悪気はなくてもそういう態度を取ってしまう友達だから、今回も気にせずに仲良くしてゆこう」と、いつものように声をかけ、痛みと悔しさで波だった気持ちを収めたこと。

 

そして、「大あざ」のできた腰の痛みが気になって、整骨院に行って冷やして貰った。その夜から気分が悪くなり、翌日には生まれて初めてを訴える・・・

 

数日後には「あの恐ろしい病」だと気付いたが、「2分の1の治癒の確率」は悪い方に出てしまう。度重なる初期治療はうまく行かず、家全体が「嫌な予感」に覆われた。

 

まだ春の抜けきらぬ穏やかな4月の末には、既に寂しさで一杯になった小さな心の荒野には冷たい雪が降りしきる。そして、緑の芽吹く5月には、明石海峡の見える病院のシャワー室で、恐ろしい猛吹雪と変わったその空は、無垢な子供の心を覆いつくし芯まで凍らせてしまった。

 

度重なる失望の夏が過ぎ、それから次の春が来るまで「眠り姫」は目を醒まさず、中学2年生をせぬままに3年生となった。

 

3年生は、闘病の年。やっと可能になった病との壮絶な格闘。

 

死んだようになっていた自分の身体を立て起こすべく非情な努力を自分に課し、それでも覆いかぶさる病魔に抗する中で、「生きている自分」を見失うことなく前に進み、そのおぼつかない足取りは「希望の地、福山」へと繋がる・・・

 

「私は、生きているだけで幸せ…」

 

絶望の中でもこう呟いていた少女は、数奇な過程を辿った後の春、ある「新天地」に流れ着く。

 

事故から3年が経過した今、心に傷を負いつつも、まだ居座り続ける病をいなしながら、16歳の高校1年生として「自分のあるべき人生」を謙虚にそして貪欲に取り戻そうと、真っ直ぐに前を見つめるその真摯な眼差しは決して歩みを止めることはない。

 

あの時13歳だった少女は、もう2か月で17歳の乙女となる  

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Marie Laurencin「La lecture」

邦題は「二人の少女」ですが、原語は『読書』という題の絵です。

 

左の青い服の「13歳のかつての自分」が、右側の「間もなく17歳になる自分」に少し不安げに寄り添うような姿をこの絵の中に見ました。そこには共通体験としての「本=読書」が介在し二人を繋ぎます。

現在の娘の顕在意識潜在意識が表現されているようです。今後、左の「かつての娘」にどうか癒しがもたらされますように…

 

 

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