Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。寝たきりから「復活」の兆しが…

怒り心頭!第一回「調停」で惨敗 ⁈~ 家を追われた被害者を守る法はないのか?

現在午後の8時。やっとパソコンに迎えますが、時間がないので別の話題を一つ…

 

ブログ内で何度か触れたことがありますが、神戸時代の娘が中一の夏(事故前)に、下の階の飲食製造業者の改装工事のせいで、真上に借りていた我々のマンションが「シックハウスの館或いは毒部屋」となり住めなくされ、自腹で引っ越しをする羽目になりました。

 

夏の暑い日だったため、クーラーを入れていて窓は完全に締め切っていたら、突然リビングにシンナー臭が漂い、元をたどると息子の和室の畳の床からその匂いは漏れてきています。

 

息子は、ある病気の手術をして まだ1週間めで絶対安静のため布団で寝ていたのですが、

「目が痛い、気持ち悪い・・・吐き気がする」と言って本当に嘔吐してしまったのです。

 

そして、業者の人に上がってきてもらって臭いを確認してもらったのですが、

「まずは換気を」ということで必死で換気をしました。

ずっと窓を開けっぱなしで、私たちは息子の部屋から一番離れた卓球室に避難していました。

 

しかし、夜になり窓を閉めたら、また臭いが充満し始めそのシンナー臭は卓球室にまで及んできたのです。

 

娘は、ぼんやりした顔をして横になっていたのですが、目は充血して真っ赤で、ひどい頭痛とやはり吐き気、そして蕁麻疹のようなぶつぶつが服を着ていない皮膚に出ていました。

 

息子も、私も、目は真っ赤。頭も痛く気分が悪くて耐えられず、

「これ以上ここにいてはいけない」

と思い、名刺を渡して貰っていた業者に電話をして、

 

「六甲アイランドのホテルに避難して、病院に行きます」

「3人とも急性シンナー中毒だと思います」

 

と言い残し、気分の悪い娘とまだ動いてはいけない息子をタクシーに乗せて島のホテルまで運びました。

 

そして、ホテルのベッドで子供はぐったりしていましたが、「医者に見せておかないと」と思い、すぐ近くの六甲アイランド病院の夜間診療に向かいました。

 

術後一週間の息子には気の毒なことをしました・・・

 

ホテルを数日で出て京都に避難がてらに帰りました。そして夏休みの間はそちらで過ごしたのですが、私は神戸まで仕事に来たついでに派手に換気をしましたがその頃になっても部屋の臭いは消えず、入ると頭痛がキンと来て、気分が悪くなります。

 

親戚が夏休み終了間際にに様子を見に来て、実験的に一晩、神戸の毒部屋に泊まってきてもらったら、原因不明の酷い下痢と手足の痺れと疲労感に見舞われ、

「なんだ、あの部屋は・・・大の大人でも身体がおかしくなる」

と、ぐったりとして京都に帰ってきました。

 

とても危険で入れないため、家主に別の部屋を用意してもらいましたが、これがまた狭くて酷い部屋でしたが文句は言えず、臭いの消えるのを待ちながらひと月ほど経った時の事です。

 

息子があるテレビ番組が見たくて禁止していたこの毒部屋に忍び込んで30分ほど中にいましたら、腕に湿疹が現れ、吐き気が強くなって結局出てきました。流石に、その危険性がわかったようです。

 

その頃はシンナー臭は消えていましたが、入ると誰もが必ず気分が悪くなりましたので、必要なものは私が取りに行くことにして、家主が、原因を調査してこの状況を解決してくれるのをずっと待っていたのです。

 

しかし、家主は「悪人」でした。工事業者に全ての責任を押し付けて、「損害は工事業者に払ってもらえ」と言い、工事業者のほうは、「法律に則った工事をしている。上に化学物質が流れたのは、建物に亀裂が入っているせいだ」

と、取り合おうとしてくれません。

 

確かに、この地は阪神淡路大震災の揺れが酷く、家屋の倒壊や火災が起こり多くの犠牲者の出た地域ですので、この建物が震災時の大きな揺れにより、天井床部分に亀裂が入っていたことは充分考えられます。

 

誰も原因究明に動いてくれないため、発生日から1か月半ほど経った頃、知り合いの防災士さんが見るに見かねて一級建築士の男性を連れてこられて、床の構造を調べるために、発生源である息子の部屋の畳をお二人で上げ始めたところ・・・

 

防災士の男性の呼吸がおかしくなり、立っていられず隣の部屋の机に手をつかれ苦しそうにされ、一方の一級建築士の男性も、胸を押さえながら「心臓が痛く苦しくなってきました」といい、作業を続けられなくなったのです。

 

畳下に残留していた、化学物質が一気に解放されそれを一気に吸ってしまわれたのだと思います。

 

私は3か月の間、警察、消防、区役所の法律相談、神戸市の住まいのセンター、消費者センター、市会議員さん等、頼れそうな所を全て当たりましたが誰も解決方法を提示していただくことはできません。

 

ただ一か所、保健所が業務とする「シックハウス検査」に、8月のうちに来てもらっていましたら、基準値の3倍近くの濃度が検出されまして、この数値が意味するところを教えてもらおうとしても、保健所な頑なに口を閉ざします。

「訴訟には使わないでください。説明はこちらではできません」という理解不能な態度を取られます。

 

そこで、違う自治体の保健所のシックハウス専門係員に聞きましたら、「こんな高い数値のホルムアルデヒドを検出した事はかつてありません。子供さんがおられるなら、こんなところに置いておいてはいけません」

と、電話で丁寧に教えてくれました。

 

9月末になってもまだ、入ると異常が出るため、保健所に「もう一度測定にきてほしい」と頼んだのですが、「一軒に一回だけです」と、わけのわからないことを言われます。他の自治体では、異常が続くなら来てもらえるということですが・・・

 

かかりつけの医師からは、

「まだ、引っ越してないのですか?一度家が化学物質でそうなってしまったらなかなか元には戻りません。子供さんをそんなところに住まわせては絶対にいけませんから引っ越されるべきですよ」

 

と何度も言われ、ここで心を決めて、急いで移る場所を見つけ11月初旬に自腹を切って原籍校近くのマンションに引っ越したのです。

 

東灘区の文教地区のためマンションの敷金・礼金も高く、引っ越し代も入れると50万以上かかりました。その他の被害を併せると、更に金額は膨れ上がりました。

 

この間、家主は借主の家族3人が健康被害に遭ったというのに、調査・改善義務を果たさず、家賃はそのままで狭く汚く、隣の部屋の中国人の2人の兄ちゃんが夜もゲームをして騒いでうるさいという最悪の環境を当てがわれたため、もともとの部屋に見合った家賃の支払いを2か月間拒否しました。

 

そうして、毒部屋マンションを離れ、久しぶりに平穏な日常を取り戻すと思ったら今度は、まるで「借金取りの電話」みたいな雰囲気で、保障会社から、何回もしつこい電話がかかります。

 

「奥さん、払うもの早く払ってもらわないと困ってるんですよ。いつなら払えますか?」って感じで。ヤーさんか?

 

いくらこちらが「こちらが被害者で大損をした、あちらにきちんと義務を果たしてもらい、話がついて払う必要があれば払う」と言っても、聞いてもらえず本当にねちねちと虐められたのです。

 

更に、家主の筋が怪しいとわかり、引っ越し先では表札も出さず、娘の登下校も危惧を加えられないように用心し、学校にも「変な電話や呼び出しがあっても決して行かせないでください」と、お願いしておきました。

 

そして、落ち着いたところで弁護士さんに相談し、話し合いを求めるも家主は無視を決め込み、工事会社もこちらの要求に応じず弁護士を立ててきました。

 

そんな事があって、3年目にやっと調停にこぎつけたのが、先週のことです。娘の学校事故のことで、とてもそんな余裕がなく今になりました。

 

そして、保健所に「訴訟には使わないでください」と言われた、毒部屋の状況を客観的に示す数字であるホルムアルデヒドの検査値の開示請求をして、やっと通ったのが昨年のことで、これで有利になると思ったのですが・・・(なにもホルムアルデヒドだけが原因というわけではないでしょうが・・・)

 

 

私は、この件については医師の診断書もあるため「楽勝」だと思っていて同行せず、弁護士さんが代理で行って頂いたのですが、調停員が「外れ」でちょっと・・・・な方のようで、こちらが綿密に作成した「申立書」を理解できなく、今の所の状況はこちらにとって「不利」なようです。

 

こちらの弁護士さんは力のある有名な方で、いつも冷静で笑みを絶やさない正義の味方の強者ですが、「恥ずかしながら腹が立って、声を荒げてしまいました」との事でした。

 

そうなのです、タイトルの「怒り心頭」というのは、私ではなく弁護士先生のことなのです。私は、既に3年間近く「不条理の中で生きること」を強いられているため、虐げられることに対する感覚が麻痺してしまっており、「あぁ、またか・・・」という感じなのです。

 

そうして、後で送って頂いた相手方弁護士の書いた、まるで、脳脊髄液減少症否定派の悪徳医師と同様の、詭弁を弄する「主張書面」を見ていたら、呆れて口が塞がりませんでした。

 

悪い人間の見方をする人間には正義はなく、未必の故意で不当な論理の組み立てをし、嘘八百を並べるのです。

 

相手側の保険会社が、事故から2か月くらい経ってから、やっと空気検査をしたのですが、そんなもので出てきそうなVOC(揮発性有機化合物)はもうほとんど飛んでしまっています。それを根拠に、「何も有害物質は何も出ていないじゃないか?」と言うのですから・・・子供みたいな屁理屈だと誰もがわかりそうなのですが。

 

これから、この屁理屈ばかりの「主張書面」の一つ一つの項目に反証を試みる文書を書いて弁護士さんに送ります。そして、次回の調停には私も出席した方がよさそうだな、と思っているのです。

 

このように、法律の場における話し合いでも、一点の非もない被害者が勝つことは、本当に難しいのです。学校事故については更に困難を極めるということです

 

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込み入った話なので、あまり描き切れておらず申し訳ないですが、雰囲気だけでもわかっていただけたら、それで十分です。

 

それにしても、この数か月後には娘の学校事故の日がやってくる事になっていたのですが、やはり私たちは神戸では呪われていたのでしょうかねぇ・・・

 

 

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