Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

たかが英語、されど英語(前)・・・英語好きでない私が娘(藤田紅良々)に英語をさせようと思った理由

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これまで綿々と書き連ねてきたように、娘は小6でTOEIC980点、英検CSEスコア2857点で、兵庫県立芦屋某インターナショナルスクールの選考入試で不可解な不合格を貰いました。

これは、普通の日本人より多少は外国語や外国人との関りが深い私にとっては晴天の霹靂であり、一体どういう恣意的操作をしたらこういう結果になるのだろうかと理解に苦しみましたが、ブログにして吐き出すことで重荷を下ろしたような気になりました。

ブログを書くことは確実にカタルシス作用があります。 

 

 

 

まだお読みでない方は、長~いですので、お時間のある時に遡って頂けたらと思います。

小6でTOEICを受け(させ)ようと思った理由』シリーズ

及び『藤田紅良々12歳、TOEIC980点・英検CSEスコア2857点で公立インターナショナル中学選考入試で不合格をくらう』シリーズ

これを完結させた後、少し英語テーマから離れ、エネルギーをチャージしましたので、英語関連の話を再開いたします。

 

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さて、一見論理が破綻したようなタイトルですが、それはまさに、英語に対する私の矛盾する気持ちを表しております。これからそれを解き明かしていくのですが、結果として、その中で英語と私の関係を見つめなおすことにもなりました。

 

娘の幼少時の英語の能力は、競争を勝ち抜きロータリー財団奨学金を獲得し海外の大学院で学んだ経験のある私にとっても実際のところ、一目置かざるを得ないものでした。就学前後の数年で想定外の爆発的な伸びを見せ、小学校1年の時には、読書力、ディスカッション能力ともに「もう遥か彼方の異次元の私の手の届かない彼方に飛んで行ってしまった・・・」と悟ったものです。 

 

それ以来、仕事で使う英語で迷った時など、専ら教えを乞う立場にまわっています。かつて語学に大枚を叩いて教材を買ったりスクール通うなど、文字通り「英語+他2言語で苦闘」してきた語学マニアの私にとって、日本にいながらお金も大してかけずにここまでのレベルまで達した娘の英語の達成度は、事実、敬意を払う対象となっています。英語を自由に話せることではなく、このレベルに届くまで、途中で他の刺激的で面白い事に興味が流れずひたすら読み続けたことにことに対しての敬意です。

 

そうして、娘の英語に関わるのをやめよう、というか関わってはいけない、いや、もう関わりたくても関われなくなった!と三段活用のように感じた原点となる出来事は、こちらの過去記事に書きました。どろどろした内容の多いこのブログの中では「泥中の蓮」のような珠玉の逸話 (^^)v なので是非お読みください!

 

 

ここで、誤解のないように申しますが、私は英語崇拝者でもなく、英語がペラペラだから凄い!偉い!などという気持ちもさらさらない人間です。高いレベルの英語力を持ち、社会のために役立つお仕事や活動をされている優秀な人材は、どこにおいても必ず必要ですし素晴らしいと思います。英語に限らず、何事も究めた人間に対しては敬意をもってやまないのですが個人的には、ある時期から、英語という言語にあまり興味、関心を完全に失っていたのです。

 

その時期とは、私がフランス語の師匠と呼べる先生に、20台前半で出会った時からになります。関西日仏学館のA先生というまさに文学者であり哲学者である先生の、ひとつひとつが見事な一幅の絵のような授業に完全に心を持っていかれ、そこから15年くらいはフランス語一筋の人生になっていました。

そして、それまでそれなりに自分で続けていた英米文学を完全に捨てて、留学先もアメリカからフランスに変更して、芸術的感性に満ちた文化と言語との関りの中で、人生で最も濃密な時間を過ごすことになったのです。耽美派として生きた印象派の絵のような色彩豊かな日々でした。

 

その時から長い年月が経過し、気が付けば今、英語に再び携わる日々があります。世界の英語への同調圧力に屈した結果とも言えるのですが、お国同士の力関係により、英語が実質上世界共通語みたいな扱いになっているため、やむに已まれず(生活費を稼ぐため)離れることができないというのが正直なところです。

 

英語は世間知らずだった自分が初めて好きになったけれど、その後魅惑的なフランス語の出現により自分から捨てた初恋の人、そしてフランス語は青春の全てを捧げた最愛の人、そして最後には、「愛ではなくパンを選んで」結局初恋の稼ぎの良い人である英語に戻った、みたいな流れでした。途中、気の迷いから中国語に走った日々もありましたが、やはり、しんどい時には一番頼れる英語に落ち着いているという日々であります。

 

そのような揺れ動く気持ちの中で、娘に対してもやはり、英語はやっておいて損はない、特に女性の場合は出産育児をしながらでも在宅で仕事ができるなどと、実利的な事も考え、早いうちに最も楽な方法で英語を使えるようになる方向性を目指していたと思います。その方向性の推進力となったのは、やはり私の海外滞在経験でした。

 

日本の英語信仰をあざ笑うように、世の中にはバイリンガルどころかそれ以上の言語を話せる人などごまんと存在します。私がかつて海外で生活する中で、英語を含む多言語を当たり前のように日常生活で使う人、特に子供達がやすやすと複数言語を操る魔法のような姿を普通に見てきました。言語なんて、当たり前のことですが、本人の能力とか意志は関係なく環境次第でどうにでもなるのです。

 

私が留学していたバイリンガル都市モントリオールでは、フランス語と英語が公用語とされ、多数派のフランス系の小学校でも、英語イマージョン教育が小学校低学年から行われ、英語、フランス語がができるのはこの地の子供にとっては当たり前の日常です。 

 

更に、モントリオールは移民都市でもあるので、公用語の英語、フランス語に加え、出身国の言語を話すトリリンガル(3言語話者)以上の人も数多く存在しています。

 

私の見た最強の人物は小学校4年生くらいの台湾人の父と日本人の母との間にできた移民2世の女の子で、なんと、英語、フランス語、日本語、中国語、台湾語の五つの言語がネイティブレベル(コミュニケーションレベルという意味で)、あとは祖父母の客家語と鹿児島弁!も理解するという強者でありました。6つ(7つ?)の言語を操る少女!

 

日本でこんな日本人家庭の子いたら、メディアが放っておきませんよね。しかし、モントリオールのような多文化都市では、この子が特例でないことは、少し周りを見渡すと一目瞭然でした。この子どもたちは、「語学を勉強するぞー」などと思って宇複数言語を習得してきたわけでは勿論ありませんし、言語習得の適齢期にこのような言語環境にいれば、多言語をネイティブレベルに話すレベルに習得するなんて当たり前の事なのです。

 

日本人留学生も、高校から来てきちんと勉強している子は、大学生になる頃には周りのレベルに同化していました。若ければ若いほど吸収が早いというのは、本当にその通りだと思います。

幼児期に英語に晒されることがなくても、頭の柔らかいうちは環境さえ整えばどこで始めても大丈夫なのだな、と驚きと安心を持って眺めておりました。

 

英語なんて環境さえあれば誰でも話せるようになるということです。

反対にいうと、いくら賢くても環境が無ければ苦労するということでしょうか・・・でも、環境がなくても、自分の意志と努力と才能で、英語を習得する人もいますが、大変な労力をかけられていると思います。

一方、語学の天才というのは実際にいて、海外に行かずとも大人になってからでも短期間で凄いレベルまで到達しています。

 

このように、多くの場合、英語ができることは本人の資質とは関係が無いのに、必要以上にもてはやされる昨今の風潮には常に違和感を覚えてきました。確かに、英語ができることが社会的にも個人の単位でも経済効果を生む大きな要因になることは否定できないのですが、皆が皆、「それ英語だ、やれ英語だ」という方向に日本全体が益々向かっていく現状を見るにつけ、複雑な思いに駆られます。 しかし、これは世界的な趨勢ですので、それに抗うことはほぼ不可能です。

 

学校で毎日授業を受けているのに、簡単な中学英語でつまずき、そのまま高校に上がりどんどん増える暗記量で完全にギブアップしている多くの子供を見るにつけ、「中学・高校の学校教育で、英語の大量機械的暗記にかける莫大な時間があるのなら、学ぶべきもっと大切なことがあるのではないか」といつも思います。

本格的な勉強が始まる以前、言語の吸収が最も容易な幼児期から、家庭であれ、社会集団であれ、英語習得に適切な環境を作れる場所で英語をインプットしてゆき、考える力のついた中高では、「英語を使って」何かをしてゆけるようなカリキュラムアにした方が、せっかく毎日設けられている英語の時間を効率的に使えて、子供たちも楽しいのではないかと思うのですが、どうでしょうか。「受験に必要だからやらされているだけで、何にも役に立たない」で終わる子供が大半の現状では悲しすぎます。 

 

なんだかんだ言っても、英語はやはり全世界に覇権を打ち立てた言語であり、英語を習得し、高いレベルまで到達することで、見える世界は違ってくるのでしょう。私には一生見ることはかなわない風景だとは思いますが、その点、娘には既に見えているのかもしれません。洋書を入り口として、その作者の心理や、それを取り巻くあちらの世界の日常や空気というものを確実に感じ取っているようです。

 

英語を使いこなせることにより、将来的におそらく経済的恩恵を得られるであろうことはさておき、現時点で日本にいながら紙の上の文字の連なりからでも異文化の息吹を感じ取れるようになったこと、海の向こうの別の世界を疑似体験できるようになったことの方が娘にとっての豊かな一生の財産になるような気がします。

 

これが私から娘へ残せた遺産だと確信しています。

 

不幸にも学校事故の被害者となり、後遺症が残る可能性も少なくないことを考えると、娘が将来どういう状態になるにしても英語は確実に娘の身をを助けてくれるツールであり、心を支え続ける友であり続けることになるでしょう。私が亡き後も、娘を生涯暖かく見守り続けてくれると思うと、こんな状態になっている今も救われる思いがします。

 

やはり、

「たかが英語、されど英語」なのです

 

 

(続く)