Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。寝たきりから「復活」の兆しが…

「さすがは神戸市東灘区、私立高校でも公立中学でも人的環境は最高!」でしたが…

 

 
息子の都合で娘がまた転校することに

完全に息子の都合により小学5年に上がる時に、神戸に来るはめになってしまった娘…

4年生の夏休みに、これも息子の都合でしっかり馴染んでいた大阪中華学校に通えないことになり、4年生の2学期からは、小1年の夏休みまでいた地元の公立小学校に戻ることになり、それから半年足らずでまた転校です。

小1の時、日本人でありながら中華学校に行くことになる辺りの顛末は、以下の記事をご参照ください。(未完で放置されていますが、いずれ続きは書きます! )

www.tomaclara.com。

 そして、娘が5年生に上がる事になった際に、病気で通信高校に行くはずだった息子が神戸市東灘区にある私学に合格し、「長年苦しんできた息子の夢を短期間でも叶えてやる」ために、3月下旬に引っ越します。

 

 

 
息子には「幸運の女神」との出会いが

まずは、息子の高校に行って、養護教諭の先生と個人面談。このH先生は、今後3年間、息子にとって幸運の女神であり、聖母であり、ナイチンゲールとして息子を「保護」していただくことになります。

このような養護教諭との出会いは千載一遇の幸運であり、普通はあり得ないことだと確信を持って言えます。神様が、息子と私のために遣わして下さった天使なのです。

この方がいないと、正直、私と息子は、娘を残してもうこの世にいなくなっていたかもしれません。一人の人物との出会いが、一生を左右するのはこういう事だと長い人生で初めてわかりました。

このH先生という、「学校内での息子の母」のような存在を得られることで、相変わらず病気で非常に苦しみ抜いた3年間でしたが、私たちは、神戸を退去することがなく、息子も奇跡的に卒業を迎えられたのです。他の学校なら、間違いなく1年目で留年から退学となっていました。

一生のうちで、心底感銘を受ける人物との出会いは数えるほどしかないと思いますが、養護教諭の鑑(かがみ)」である、H先生は間違いなくその一人でありました。

 

娘も東灘区の公立小学校に馴染める

 次は娘です。小学5年という、女の子には難しい時期でしたが、丁度クラス替えで、娘には合う雰囲気のクラスに入れてもらえ、問題なく馴染むことができてホッとしました。昔から、意地悪な「ボスタイプ」の女子の反感を買うことが多く、すごく心配でしたが、今回は大丈夫。のびのびとした小学校高学年の生活が始まります。

 

娘の激動の人生の始まりとなった神戸

息子の高校の全国有数の自由度を有しながらも生徒一人一人に寄り添う学校職員の姿勢に感銘を受け、娘は公立小学校の初めての始業式の児童の美しいコーラスの歌声やきちんとした指導と荒れていない整然とした空気に、「さすがは神戸市東灘区、文教地区で公立なのに実に品の良い学校だ!」と感嘆の気持ちを持ち、「ここへ越してきてよかった~!」と、息子の病気治療で今以上に辛い状況の中でも、環境的なストレスを感じる事も無く、心情的に大変助けられていました。

その後、娘が中学に上がる際には、TOEIC980点で公立インターナショナルに謎の不合格をくらうという意地悪を英語教育に携わる教員の方々から受け、(過去記事に詳細を連載済み)、失意のどん底で地元公立中学へ入学となりました。

しかし、このタイミングで、TOEIC980点のことが新聞で取り上げられるや、その日にヤフーのトップ記事、ツイッターのトレンド10位以内という恐ろしい現象の当事者となり、娘を取り巻く状況は一変します。

それまで全く目立たなかった娘は文字通り人生初の大ブレイクを経験します。公立インターに蹴られて、打ち砕かれた自信と自尊心を、この公立中学での人との関りの中で少しずつ取り戻せるようになりました

 

入学時は、公立中学校内の教員は全て、そして生徒も教育熱の高い家庭が多いだけに、ほとんどの生徒が娘の事を知っているという「ちょっとした有名人」の状態での中学生活のスタートとなりました。入学後に今度はテレビ局やラジオからいくつもの取材が舞い込み、私が舌を巻くほどにそれを見事にこなしながら、娘は短期間のうちに人間的にに大きく成長してゆきました。

 

 

 
学校内での娘の状況

学校の授業では、目が悪いこともあり一番前の席に陣取り、授業には大変協力的でいつも手を上げて積極的に参加し、といって、よく空気を読んででしゃばる事も無く、先生からみても、「真面目にとても頑張ってくれていて、かつ謙虚な生徒」という評判でした。

読書好きなため事故の時までずっと図書委員をして、得意の音楽では、合唱コンクールのパートリーダーや、その勢いで、たいして習ってもいないのに、ピアノ伴奏まで立候補してオーディションを勝ちぬいて選ばれ、1年の夏休みはピアノづけで難しい伴奏を仕上げ、全校生徒の前で立派に弾きました。

周りの生徒が、小学校から公立高校受験のために塾に通う中で、娘は学習塾へも行かず事故直前まで、のびのびと自分の興味のある事を頑張っていました。部活の卓球、英語読書、スカイプ英語、バイオリン、ピアノ、英語でのボランティア…(正直、息子のことにかかりきりで、娘の「勉強」は放置状態でした…)

このように緩い子供でしたが、大方の先生方に暖かく見守られ、好感を持たれ、教育熱心な家庭出身の生徒が多いためか、娘は、注目されているからといって、他の生徒から嫉妬やいじめの対象となることも全くありませんでした。これは多くの方が心配されていたことでしたが、本当に中学校では友達関係で嫌な思いをすることはなかったのです。

予想以上に学校生活をエンジョイしている娘の姿を見て、しみじみと、

あぁ、この学校にお世話になることになって本当に良かった…

と心から感じていました。

この学校だったら、何が起こっても娘はきっと守って貰えると心底思い込んでいたのです…

 

 

*本日の娘の状態・・昨夜から頭痛が消え(*'▽')、「散歩がしたい」と言いましたので夜に初めて10分ほど外を歩きました。今日は、先ほど起きて、これから少し外を一緒に歩き、どこかで好きなものを食べさせてみようと思います。

 

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