Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

孤独の淵に佇(たたず)む~中学生最後の夏の終わり

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今週日曜の母の通夜と翌日の葬儀から、神戸では見事なまでの秋晴れが続いている。

ベランダから原籍校の方角を俯瞰。

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昨日は、原籍校(娘が事故に遭わされた中学)では体育祭が催されたようだ。朝から派手にピストルの音や歓声が響き渡る。

 

徒歩一分の、自宅マンションのベランダに面したガラスのサッシを易々と通り抜けて、楽しそうな行事の一部始終が聞こえてくる。今の境遇では、これは不快極まりなく、これ以上ないくらいサッシをピシりと閉め、奥の部屋にこもった。

 

昨年は、大きな音で音楽を鳴らしてかき消して、娘の耳に届かないようにしていたのだが、今年はそこまで神経質にはならない。諦念が極まりかけているめだろうか。

 

以前にも書いたかもしれないが、ここ、神戸市東灘区の公立中学では、多くの家族が朝から列をなして中学生である子供の運動会の見学に足を運ぶ。運動会でこれだから、授業参観などは、教室に入れないほど保護者が並び、なんと「お父さん」も沢山来られるのである。

それは、まるで、私学の中高一貫校の風景そっくりである。授業参観については、2号線を挟んで斜め向かいにある、私立灘校を遥かに上回る盛況である。

灘校の場合、学園祭は創造性あふれる類を見ないもので、2日に渡り学外の子供や父兄も多く訪れる

 

この地域の子供一人一人が、いかに両親から大事に見守られ慈しみ育てられているかがよく伺えるのだが、これは、元いた京都では信じられない現象であり、こちらに越してきた当初は心底驚き、カルチャーショックを受けた。

京都での息子の時の公立中学の参観は、数人のお母さんしか来ず、子供の立場からするとはっきり言って「恥ずかしいから来てほしくない・・・」といったものであった。体育祭などは、広報の係が当たったお母さん以外に来ている人は「余程の物好き」と取られかねないものだった。

息子が原因不明の体調悪化が続いていた折、「息子、大丈夫か?倒れていないか?」と地元公立中の体育祭を見に行ったが、「子離れできていない過保護親」と、思われて息子に恥をかかせてはいけないと、校舎の陰から見ていた記憶がある。

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東灘区の教育熱の異常に高いこの地域の、これらの親御さん達の大切な我が子が、もし娘のような被害に遭って謝罪もされず、治療費も実質的損害も踏み倒されたとしたら、どんな心情になられるだろうか?

 

習い事が一回欠けただけでも大騒ぎする土地柄である。娘のように、習い事一回どころか、高レベルに達し開花寸前の習い事が全滅させられ、高校進学も留学予定も将来の夢も台無しにされたら、相手に意すら覚える方がいても不思議でない気がする。(私たちは京都ののんびりした地域出なので知らないが)。

反対に、対極にある、若い頃ヤンチャをやっていた親の多い地域でも、同様の反応が散見されることが予想される、というか、そういう思いを既に幾つか耳にしている。

 

そして、自分の子供が運悪く加害者の立場になったとしたら、被害者とその家族の人生と尊厳をを踏みにじってでも、全力で可愛い我が子の人生に傷がつかないように守る・・・という人も実際いるようだが、ここでは少数派なのだろうか?

 

なんだか、疑心暗鬼になって、普段は温厚な顔をしている教育レベルの高い父兄が、子供のことになると皆、夜叉のに豹変するような気がしてしまうのだが、これは私の精神が強度のストレスでイカレてしまったためであるかもしれない。

 

いずれにせよ、多くの保護者は、「この悲惨な犠牲者が我が子でなくてよかった・・・」と、ほっと胸を撫でおろしていると考えるのは、あながち見当外れでもないであろう。

 

かつて、この原籍校が、行きたくても行くことのできない学校」であった時、娘は風が運んでくるこの学校の授業や行事の音が聞こえると、心が張り裂けそうになり、起きられない寝床のぼんやりした意識の中で切なさに泣いていた。

 

そして、この原籍校が、「仮に行けるようになっても行きたくない学校」と娘に言わしめる存在となった今、体育祭の音や歓声は、不快で耳を閉ざしたくなるような鬱陶しいものとなっているのではないか? 

 

なので、いつもは眠り続ける娘に朝も終わるころには声をかけ、覚醒を促し始めるのだが、この日だけは、気を利かせてずっと目覚めさせずに寝かせておくのが思いやりだと思った次第である。

*追記:本日9/21もピストルの音と歓声が起こっていた。今日土曜日が本番でこの日は予行演習だったようだ。

 

 

 

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そして、今日、神戸のこども病院に行った時のこと。

娘の身体全体からにじみ出る深い孤独と寂寥感に唖然となって、思わず写真に収めた。

 

1枚目。何もせず椅子に座り、虚ろな表情で前の床を見つめている
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2枚目は、待合の椅子のひじ掛けに、崩れ落ちて眠る

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3枚目、周りで子供が騒いでいても一人の世界の中で眠る

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本来なら、体育祭で、足は遅くともクラスメートたちとワイワイ騒ぎながら、迫りくる受験への不安と焦りを皆で共有し、初秋の爽やかな太陽の元、一日だけは底抜けにはじけた笑顔で中学校生活最後となるこの行事の一分一秒の妙味を堪能していたはずであったのに・・・

 

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