Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

1度きりの人生、好きな事を極めたい~才能が開花する時期、バレエNさん編~

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Nさんは現在17歳。高校生に例えるならば2年生である。

Nさんに初めて会ったのは、13年前、まだ小さかった息子と娘を連れて、高校時代からの友人Sさん宅を訪ねた時だった。

Nさんは、口数は少ないが、「自分のやりたい事は譲らない」といった意志の強さが感じられる、大きな目に長いまつ毛の印象的な可憐な4歳児だった。

 

 

バレエを極めるためには幼少時から本気モード

それから、10年が経過し、Nさんは、文字通りコンクール出場のために日本中を東奔西走する中学生となっており、近くで行われたコンクールを娘と二人で見に行った時に再会した。意外にも、抑制的でしとやかな女の子に成長していたので驚いた。

お母さまとは電話で時々消息を伺い、私も彼女の成長を見守ってきたという形である。「バレエ」ということで、噂には聞いていたが、それ以上に大変な家族のサポートの現実を知った。

 

能力の高い先生が経営されるバレエ教室のある少し離れた都市まで、学校が終わると毎日のようにタクシーで往復。タクシーの中でおにぎりをほおばり、学校の宿題も片づけた。練習時間が長くなり行き帰りの負担が大きくなると、近くにアパートを借りた。

このような生活を中学卒業まで、母子二人三脚で続けてきたという。

 

 

海外留学を勝ち取るまで

レベルが上がるとコンクール出場の機会が多くなる。これが、部外者から見れば本当に大変なのだ。

一つのコンクールに出場するための国内遠征があるとする。衣装や、振り付け、コンクールの出場料、交通費、ホテル代、そして、同行する先生の日当、交通費、ホテル代、時にはお食事の世話など、ご家庭の出費や労力は、普通の習い事とはけた違いであることを知った。

ある時は、炊飯器や食器や食材まで遠征先のホテルに予め送り、そこで、子供がベストの体調で演じられるよう、ついでに先生にも料理に腕を振るった。

このような国内遠征を、一年に何回も行う。当然学校にも行けない日も多かったが、移動の合間に勉強して、成績は学年でもトップクラスだったそうだ。

 

才能のあるNさんは、国内のコンクールの入賞歴も増えた。そうすると次に目指すは海外のコンクールだ。中学3年時に、お母さまと先生と供にヨーロッパのコンクールを渡り歩き、最終的にベルギー、ブリュッセルのバレエ学校への入学が許可された。

 

「海外でバレエを学ぶ」というかつてからのがかなった瞬間だ。初めてその計画を聞いた時は、まさか、と思っていたが、あれよあれよという間に手中に入れてしまった

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Nさんを支え続けたお母様と
中学卒業後に海外で自活

まだ中学を卒業したばかりの女の子である。お母様も一緒にベルギーに滞在すると思いきや、そうではないという。まずはバレエ学校の寮のようなところへ入るが、間もなくそこを出て、少し離れた場所にあるキッチン共有のアパートに移ったらしい。

 

そこでは、食事は完全に自炊。バレエ学校に通いながら、言葉の勉強もして、自分で食事を作り、日本の「高校卒業認定」の勉強も続け、日本に帰国した際に、少ずつ単位を取っていっている。

なんという意志の力、なんというストレス耐性、そして、何より、Nさんの高い知性が、この「子供にとっては大変な試練であろう日々」に耐えうるだけの理由付けを可能にしていたと思うのだ。

バレエという目標のために、言葉も自由にならないこの環境に飛び込み、勿論、精神的にしんどいことは幾度かあった。

そんな時はお母様が駆けつけ、手料理を食べさせたりしたが、基本一人で乗り切って現在に至っている。

 

17歳の踊り

先日、京都エミナースでのセミナーとコンクールのために帰国された折に、2年ぶりに会った。

コンクールは見れなかったが、ロシア人の先生の前でリハーサルをしているところに呼んで頂いた。同一平面上の視線からの鑑賞は、大変見ごたえがあった。

 

私はバレエには全く詳しくはないが、大昔、フランスにいた時に、オペラ座(ガルニエ)に足を運ぶくらいには好きである。そんな素人の私から見ても、Nさんの踊りは違って見えた。

モダンバレエを得意とし、その踊りは、内面から迸る情感をまとい、プロの先生も言われるように、「Nちゃん、すごいですよね・・・」という一言が思わず漏れ出てしまうものであった。

 

踊りという身体表現には、持って生まれた身体能力に加え、その人間の内からにじみ出る、これも天性であろう、「表現力」と呼ばれる何かが必要であり、それを以って「芸術」と呼ばしめるものが眼前に展開されることになる。

 

京都のコンクールのリハーサルで日本語ペラペラのロシア人先生の前で踊っているのを後ろから撮影させていただいた。


バレエの少女

 

捉われない子育ての価値観

Nさんのお母様も、高校時代は勉強がすごくできる方だったが、迷わず絵の方面に進み、超一流の国立大学で学ばれた。ご自身、とても自由で芸術的な生き方をされてきた方なので、思い切った子育てができたのかもしれない。

 

お母様の育ったご家庭も、教養高く芸術愛好家のご両親がおられた。思うに、Nさんのように芸術方面で飛びぬけた歩みをされるには、少なくとも親、子、孫の3代が同じ価値観を共有して、その中で子供が育つことが必要なのかもしれない。

 

このご家庭では、「小さい頃から塾に行って、中学受験して、中高一貫校でまた塾を複数行って、有名大学へ入る」というお決まりのエリートコースは全く視野には入っていなかった。

 

その子が一番輝く分野を思う存分極めるために援助を惜しまず、一人前の芸術家への階段を上ってゆく子供を傍で眺めながら一緒に成長するという、子育ての醍醐味を味わってこられた。

 

勿論、誰にでもできるわけではなく、或る意味、「貴族的な子育て」と言ってもいいかもしれない。巡り合わせで、それがかなわない者達は、このような成育歴を持つ人たちによって極められた芸術を享受する側に回ればいいのである。

 

Nさんの素敵な先生がおっしゃっていた。

「一度の人生なのだから、自分の好きな事をとことん極めるまでやるのが幸せよね!」

Nさんは、間もなくベルギーに戻り、次はオランダのコンクールに一人で乗り込む。

 

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