梅雨入りとともに体調激悪化
梅雨に入り一週間ほど経った。ブラッドパッチをした脳脊髄液減少症患者にとって、梅雨の季節と台風の来る夏から秋は鬼門となる。
春の気候の良い時に、調子が良くなったかと思い楽観的思考に捉われていると、梅雨前線の到来とともにがっかりさせられてしまうことが少なくない。
頭痛の復活、起床できないほどの倦怠感、胃腸症状、霧がかかったような思考、そして娘の場合は「睡魔」がこれに輪をかける。
「五月病」というのがあるが、梅雨の季節に調子が悪くなるのを「六月病」と呼ぶとすれば、脳脊髄液減少症はれっきとした六月病と言えるだろう。
この季節になんだか体調がおかしいと感じ、医者を回っても改善しないのであれば、一度この病気を視野に入れて考えるのも良いかもしれない。
強い頭痛があれば、この病気だとわかるが、気を付けなければならないのは、
起立性頭痛は脳脊髄液減少症を疑うための必要条件ではないということだ。
なので、それ以外の症状、特に気圧に連動する体調の大きな変化などは、大変わかりなすい判定材料ともなるため、「低気圧に弱いのは体質だから」と諦めて、放置しない方がよい場合もあることを覚えておいていただきたい。
不義理をするのが怖い
一昨日の大荒れの天候で、娘は昨日一日、昏睡のような睡眠状態を続け、起きられたのは午後の6時過ぎであった。
5時半から、ある治療の予約があったため、必死で起こそうとしたがだめであった。
結局その約束を果たすことができず、不義理をしてしまい、周りにも多大な迷惑をかけてしまい、自己嫌悪に陥ることになってしまった。娘本人はしんどすぎて、それどころではなかったので、保護者である「私が」、である。
脳脊髄液減少症も重症化すると、まず集団行動をする場が億劫になる。いつ襲ってくるかわからない体調の急変に常に怯え、周りの人の行動に影響を与え迷惑をかけるのではないか、といつも考えてしまう。
なので、予定を立てたりするのが難しく、そんなストレスを感じるくらいなら、初めから約束しないほうが気が楽に感じ、家から出られず孤立してしまう人もいる。
しかし、これは本人の努力や心がけでなんとかなる問題ではなく、特に学校のような場所では、周りの理解と寛容さがとことん必要になってくる。
子供の場合だと、体調不良に陥ってしまったら、何とか学校との縁がきれないためにも、親は学校に対して「配慮」を打診する。ここで窓口となる学校の人間に、あっさり拒絶されたり、この「打診」に内在する重要性を気づかずに、真剣に取り合ってもらえなかったりすれば、それは即ち、その子供にとっての社会への門戸を閉ざすことになってしまう。
概して、この問題に限らず、学校の先生にとって、「例外」を作ることは、教師としての管理能力のなさをさらけ出すと捉えられているのだろうか?「例外」を作ることをなぜそこまで問題視するののか?と思うような節が多々あった。
困っている生徒が、何とか学校で無理なく過ごせるように、また、もっと深刻な場合には、何とか学校との繋がりが切れないように積極的に尽力することが憚られるような空気があるのだろうか?と、感じることが多かったのだ。
諺にもあるように、「例外のない規則はない」のである。
学校側は、一人の生徒の人生を左右するような裁量を握る立場だと自覚して、困った立場に立たされ、心が弱くなっている生徒にもその保護者にも、慎重にかつ暖かく、受身的かつ事務的にならぬように対応していただけるようにお願いする。
天災と人災でダウン状態の娘
いつものように話が思わぬ方向に逸れてしまったが、一昨日、昨日と大荒れの低気圧で、死んだようになっていた娘だが、今までになく頭痛がひどくて夜中の2時ごろまで寝られなかった。夕方6時過ぎにやっと起きて、夕食は食べたが、また夜中にお腹がすくというので、私も付き合って夜食を食べていたら寝るのが午前3時ごろになってしまった。
翌日はゆっくり寝かせようと思って、眠りについたが、翌朝、「ダンダンダンダン!」という音とともに起こされた、時計を見ると朝8時である。
リビングの灯りが付いており、見ると娘も真っ青な顔をしてソファにもたれていた。
その間も絶え間なく、「ダンダンダンダンダン!」は止まない。「トントントントン!」
だったり「ドスンッ!」とジャンプするような音だったりが、延々10時頃まで続いた。
上の階の子供と大人の足音である。週末なので孫が遊びに来て、フローリングの床を走りまわり、飛んだり跳ねたり自由にさせているのだ。
マンションの騒音被害は経験したものにしかわからない。これについては積年の怒りが溜まりに溜まっているが、それはここでは出さないでおく。
人災と書いたのは、予防や軽減をしようと思えばできる対策が数々あるのに、それを行う意志が上に住んでいる人物には皆無だからである。
自分たちにとっては可愛い孫でも、苦しめられる階下に住む者にとっては天井を走り回る大ネズミなのだ。ネズミのような可愛い足音ならよいが、「重量衝撃音」となって、低い周波数で、身心を攻撃されている。経験のある者にしかわからない辛さである。
お陰で、娘は、上の階の住人が外出したとたんに、気を失ったように寝てしまい
また夕方まで起きられないという、悪循環となっている。
そうして、夕食を食べていたら、外出から戻った大ネズミが暴れ出して、とても食事どころではなく、他の部屋に避難した。
脳脊髄液減少症患者にとって、梅雨は天災にも近いものがあるが、それは天の定めであるから不服はないが、大ネズミを野放しにする上の住人の、他人への「思いやりのなさ」から発生する被害はまさに人災である。