Friendshipは船と港 ~藤田くらら 小6でTOEIC980点までの軌跡~

小学6年でTOEIC980点を取った女の子のお話。中学1年での、学校体育時の事故が原因で「脳脊髄液減少症」を発症。現在はほぼ寝たきりとなり1年が経過しました。

「被曝のリスク」と「行き詰った現状」を秤にかけるとき ① 回復の頭打ちを直視する

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このところ、私の精神状態も落ち込み気味でした。

娘の症状(主に過眠・頭痛)が固定したようになり、現状以上の回復の兆しが見えないまま中学校生活も終盤を迎えようと言う時期になってしまった焦りを書き連ねています。

 

しかし、かといって、昨年12月の3回目のブラッドパッチ以降、ただ、何も娘に治療を施さず、ある時は泣いて暮らし、またある時はブログの徹夜を続けて娘を放置していたわけでは決してありません。

その間、実に色々な方面で、支援者や医療関係者、施術者の方々のご協力で「娘の回復治癒に繋がること」の試行錯誤を繰り返してきたのです。

 それを書くことで、関係各方面にご迷惑がかかる恐れがあり、残念ながら今のところは公開はできないと判断せざるを得ないことが多々ありました。

 

昨年度の絶望的状況から、事故後1年経った3月も下旬になった頃に、「うつ消しごはん」のサプリとプロテインを始めたら、ほぼ寝たきりの20時間前後の昏睡睡眠だったのが、まさかの、午前中に目を覚ましたり、少しずつ起きていらる時間が長くなったりして狂喜したものでした。

 

その後を追うように、代替療法も並行して行なうようになりました。

 その結果、爆弾低気圧が来なければ週2回の訪問授業に耐えられるようになったり、テレビを観られるようになったり、電車に乗れるようになったりしました。

 

一時はこのまま良くなるかと思いましたが、頭打ちはすぐに来てしまい、結局今のような社会復帰がまだ遠い状態が続いています。

 

どの治療法も、直後は顔色も良くなり、気分も上向きになったりするのですが、1~2日で効果は消失してゆきました。

 

4歩進んで2歩後退で、「少しは良くなってきた!」と、無理やりにでも期待を持とうと前向きな気持ちになっても、💣低気圧がやってきたら、そこから3歩後退という失望を何回も何回も味わっています。

 

現在私にとって、「期待することは、即ちその後に控えている失望を予期する事」となってしまっているのです。

 

ー なぜ、1年半もこんな堂々巡りのようなことになっているのか?

それを紐解くと、一番初期の重要な問題に突き当たります。

それは、娘には髄液が漏れていると確定される画像が撮れなかったからです。

 

「髄液漏れの画像が撮れていない」とうことで、私たちはこの1年半以上の間、かなりの辛酸を舐めてきました。

 

髄液漏れはとても写りにくく、専門医曰く、「実際に漏れている人の10~20パーセントしか画像が撮れない」ということなのです。

 

しかし、この画像がないと、保険適用の診療が受けられないため、私たちは3度の手術と入院を全て自費でする羽目になっていました。

この部分は、ブログのトップ記事「初めての方は・・・」及び「学校事故」と「脳脊髄液減少症」のカテゴリに詳しくまとめてあります。

 

娘は、画像はなくとも、他の検査(RI脳槽シンチの残存率)や典型的な症状(起立性頭痛、過眠)から「ほぼ確実に漏れている」と判断されましたが、場所が特定できません。なので、「ここらあたりだろう」と医師の経験値から可能性の高い所から、ブラッドパッチをしていくことになりました。

 

画像はなくても、ブラッドパッチに踏み切ったということは、先生の方の経験値から「ほぼ確実に髄液漏出が存在する」と見込まれたからに他なりません。

そうでなければ、後遺症の可能性のあるこの治療を率先してされることはないでしょう。

 

ブラッドパッチは3回に渡りその数は8箇所。これはブラッドパッチをされた方の中でもかなり多い方です。これも、或る意味「治癒することに賭けた」ところがあります。

何故なら、ブラッドパッチによって後遺症が残ることがあると言われているからです。脊髄の周りの神経根が血液で癒着すること等により、様々な不調が出ることもあるらしいです。

ブラッドパッチ療法の合併症として腰背部痛、感染、硬膜外腔への血液注入に伴う癒着と、癒着による疼痛を伴う神経炎等があります

 

ですので、ブラッドパッチをすること自体を躊躇し、時間をかけてでも保存療法を選択する人もいるくらいです。

 

娘の場合、保存療法ワンクール2週間×3回(3回目は途中で情緒不安定になったため途中で退院)をしましたが、頭痛や他の症状は消えませんでした。そうして、先生の勧めで、リスクがあってもブラッドパッチをすることになったのです。しかし現状はブログ記事に書いているように思わしいものではありません。

 

 

最初の時期に漏れている画像さえ取れていれば、早々と元気に学校へ通い、卓球部の試合に出たり、英語のスピーチコンテストや、オーストラリアのブリスベンへの神戸市中学校親善大使としても派遣され、そして現在は志望校目指して一生懸命勉強をしていたことでしょう・・・

 

ここで、皆さん、「なぜ、再検査をして髄液漏れ部分を探そうとしないのか?」と、疑問を持たれませんか?

 

そうなのです。一度目は写らなくても何度か検査をすれば映る可能性はあるかもしれず、可能性はゼロではない筈です。

でも、私は、1年半の間、再検査に踏み切れませんでした…

次回はその理由をお話しします。 

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